カウンセリングをリードする
「カウンセリングは初めてです」というクライエントさんがいます。そのようなとき、カウンセラーは、カウンセリングで良い経験をしてもらうために、この場をリードしなければなりません。何しろ、相手は初めてですからね。
カウンセラーのリーダーシップ
一通りお話をされた後、クライエントさんは決まって「先生どうすればいいでしょうか?」、「どうすれば治りますか?」などと質問するわけですから、この場をリードするカウンセラーとしては、やはり気の利いた答えを出したいものです。
その期待に応えてこそリーダーであり、相手からの信頼も高まるというものです・・・。
さて、普通はこのように考えられているのではないでしょうか。ここまで極端なことを言わないにしても、多くのカウンセラーはこのような期待とプレッシャーを感じているように思います。
〇〇療法を施す
そうすると、カウンセラーはたくさんの勉強をして、研修も受けて、いろいろな心理療法の知識や技法を獲得しようとします。たくさんの知識や技法があれば、それだけたくさんの引き出しがあって、どんな状況でもうまくリードできるでしょうからね。
ですから、それはそれでいいのですが、最近、私はちょっと違った考え方をするようになっています。
楽でいられるために
それは、「カウンセリングの中で自分が楽でいられること」が大切なのではないかという考えです。今言ったようなプレッシャーを感じずに居られること。それが大切なのではないかということです。
そしてそのためには、上記のような、クライエントの前を歩いて導くようなリードの仕方をやめた方がよいのではないかという発想の転換をしています。
『もっと臨床がうまくなりたい』(宋大光・東豊・黒沢幸子,2021,遠見書房)という本にその極意のようなものが書かれています。以下、この本を読んで考えたことを書いてみます。
一歩下がってリードする
「一歩下がってリードする」というのは、ブリーフセラピーの領域で使われている言葉のようなのですが、矛盾を含んでいてなかなか興味深い発想です。普通は一歩進んでリードする、前に立ってリードするわけですから。
ちなみに、ブリーフセラピーの教科書では、次のように解説されています。「解決に発展する見込みのあるヒントに注目し、クライアントの言葉を言い換え、クライアントの言葉を次の質問に組み込むこと」(『解決のための面接技法』p.376)。なるほどです。3ステップあるのですね。
一歩下がって、どこに来たいのかを見極める
「一歩下がってリードする」に関して、私はクライエントがどこに行きたいのかを探りながら進むこと、と理解しています。
以前にも書きましたが、まず見極めたいのは、クライエントは「変わりたい」のか「変わりたくないのか」のところです。「変化を必要と考えているのか、不必要と考えているのか」です。
そして、「変わりたい、変化が必要」なら変わりたい方向にむけて進むし、「変わりたくない、変化は不必要」なら変わらない方向に進めばいいのでしょう。
どの方向に進んでも治る
どちらに進んでもよいのです。なぜならば、どちらに進んでも治るからです。ここでいう「治る」とは、クライエントも楽になり、新しいストーリーや相互作用が創出され、そうすることでエンパワーできるという意味です。
「どの方向に進んでも治る」という確信があるからこそ、一歩下がってリードできるのです。そして、カウンセラーも楽でいられるのです。これはすごい発想です。
「一歩下がってリードする」ために
しかし、ただクライエントさんの語るままについていくだけでは、一緒に迷子になる可能性大です。そこはやはりカウンセラーのリードが必要です。では、それはどうすればいいのでしょうか。
知らない姿勢
そのためには、カウンセラーは一貫して「知らない(not knowing)姿勢」でいることです。知らないからこそ、丁寧に話を聞くし「一歩下がる」わけです。
そして相手が「変化が必要」と思う人であるならば、おそらくすでに変化のためにやってきたことがあるので、そのことはどんなことだろうか、そしてその中でうまくいったのはどういうことなのかと尋ねます。これが「知らない姿勢」です。
「変化は必要ない」と思う人であるならば、今の現状維持に役立っていることはどんなことか、どんな工夫をしているのかということを尋ねるとよいでしょう。これも「知らない姿勢」です。
どっちにしても、「知らない姿勢で尋ねる」というのは、相手の「リソース」を掘り起こそうとするカウンセラーのリードがあるのです。
「知らない姿勢で、一歩下がってリードする」。なかなか奥深いです。
リソースを引き出す
人は、誰かが言った言葉よりも、自分で語った言葉の方に動機づけられます。ですからカウンセラーが「知らない姿勢」で尋ねて、クライエントが自分の工夫やうまくいったことを語ると、それだけで、クライエントは自分のリソースを引き出してもらっているわけです。
そして、そのような語りは、ソリューション・トークとなって、解決への歩みを進めていく力になります。