ある家族の話
ある家族とカウンセリングをしていました。3回目くらいでとても効果があったので終結となりました。この面接最終日のこと。家族の中心にいて家族の問題解決に腐心し苦労してきた母親に対して、わたしは「どのようなことが家族に変化をもたらしたと思いますか?」と尋ねてみました。
すると、つぎのような返答でした。
「一番大きい要因は、カウンセリングルームへの行き返りの車の中で、家族みんなでいろいろなことを話せたのが良かったのだと思う」とのこと。ご自宅からカウンセリングルームまでは、車で1時間強かかっていました。「えー!、カウンセリングの効果を尋ねたつもりだったのに。」と少しがっかりです。
でも、これはこれでよくある話です。
日常の中の異質な時間
この家庭は典型的な父親不在の家族でした。お父さんはとにかく仕事が忙しい人。平日は夜遅くまで仕事をするのは当たり前で、土日祝日も仕事、仕事。家族旅行はもちろん家族でお出かけということをしたことがありませんでした。家事や育児はお母さん任せです。
そんな中、家族の中で問題が起こったので、お父さんも一緒にしぶしぶカウンセリングに来てくれたのでした。家族の日常にカウンセリングの時間が入ったのです。
車を運転できるのはお父さんだけでした。カウンセリングに来るまでの時間はちょっとしたドライブです。途中でソフトクリームを食べたり、ちょっとショッピングモールに寄り道をして夕食を買って帰ったりと、いろいろなことをしていたようです。
家族の仲が悪かったわけではないので、みんなこの時間を楽しんだようでした。そして、少しお父さんも子どもたちとかかわる時間を作り始めてくれたのでした。
いくつかの治療外効果
これはカウンセリングの効果でしょうか?たしかにカウンセリングはきっかけになったのでしょうけど、来談までの道のりをドライブのように楽しんできたのはこの家族です。この家族の力といってもいいでしょう。
カウンセリングルームの外は変化の宝庫です。いろいろなことが作用して問題を解決してくれます。カウンセリングの効果というのはほんのささやかなものですが、そのささやかなものがきっかけとなり、波及していく効果はばかにできません。
気持ちの準備を整える
変化というのは来談前からすでに起こっているものです。
当然のことですが、人は問題や気になることが発生した場合、まずは自分の力で対処しようとします。そして、この試みがうまくいかず、自分の力だけではどうにもできないという時の選択肢として、自分には専門家の力が必要だと判断します。
その判断に至るまでには、外部の手を借りるということに対するプライドや頑なさを克服する必要があり、かなりの時間を要するものです。心の準備を整えないといけないわけです。
もし、専門家の力を借りようと判断したならば、今度は来談予約の電話をかけたりインターネットで予約をとったりします。しかし、行動に移すまでにはまた時間がかかります。
自分に合った施設を探す
どの施設が良いかと情報収集をしなければならないですし、どの施設が自分には合っているかといった判断もしなければならないからです。この間、家族や友人からカウンセリングなど受けなくてもよいのではないかなどと横やりが入ることもあれば、近所によい施設が見当たらないということもあるでしょう。
話を整理しストーリーづける
もし、専門家に話すのであれば、どのように話せばよいだろうかと考えることでしょう。自分の今抱えている問題はなぜ起こったのか、そして、自分はこの問題に対してどのように取り組んできたのかという経過を、頭の中でまとめたり紙に書いたりすることもあると思います。
このように事態をまとめたり、自分を振り返って自己洞察を進めていくわけです。
そのまま待つ
やがてそのような状況から脱して、やっと自分が求める施設を見出し予約を取りつけようとしたとしても、すぐにセラピーが開始されるわけではありません。「予約が一杯なので待ってほしい」などと言われることがあるからです。
場合によっては数か月も待たされることがあったり、来談を断られたりすることもあります。ふりだしに戻ってしまうわけです。
しかし、ここにいたるまでには、問題の経過をある程度筋道立てて考えたり、頭の整理を行ってきたりをしており、あるていど自己洞察も進んでいることでしょう。そう考えると、この時点でかなりの変化が起きている可能性があるのです。
自然治癒力の発動
このようにセラピーを開始するまでには、かなりの時間がかかっているものです。その間、状況は変化して、当事者にとっての問題の重みづけも変わっていくことでしょう。
問題は問題として解決しないままであっても、その状態で問題と共存している時間が長くなっていくと、それはそれで適応してしまうということも少なくありません。問題を先送りして様子を見てしまうわけです。
そして、そうこうしているうちに、やがて”時間が解決してくれた”という結果になることもしばしばあります。
来談前にはこのようなプロセスがあると考えられ、カウンセリングを受けようと思って動いていることそのものの効果というものも想定できるのです。
治療外の効果をあてにする
このようなことから、私にはカウンセリングルーム以外がもつ影響力というものをあてにしながら仕事をしているところがあります。
私たちは日々変化する日常の中にあります。それはアンバランスであるから常にバランスを取りながら生きているわけです。この揺らぎがを”変化を促す力”ととらえて、それを頼りにしているわけです。
忙しい学校の中でのスクールカウンセラーは、このような”変化を促す力”をあてにしながら仕事をしています。

