「カウンセリング経験からの学び」の価値

学ぶということ

AIの進歩

すでに人間はAIに追いつけなくなっていることは周知の事実です。現代において、AIの進歩のペースは、人間の直観を完全に置き去りにしています。

そのようなことを、脳科学者の茂木健一郎さんがある講演でお話しされていました。この講演の中で、茂木さんは次のような問いを発しています。

「会うたびに2倍賢くなっている」なんて人はいますか?

たとえば、先週は日本語と英語のバイリンガルだったのに、今週会うと仏語・中国語も増えて4言語になっている、なんて人は現実にはいないのですが、AIはそのようなスピードで進歩しているだそうです。(以上、茂木健一郎「人間らしさを証明するもの」,日本講演新聞,2026年1月1日号,中央新聞社より)

物事についての学び

こういう時代になると、教科書の知識をやみくもに蓄積するような「物事について学ぶ」ことは、時間をかけて努力するよりも、AIにサポートしてもらいながら、それをうまく活用してやればよい、と考えてしまうのは私だけではないでしょう。

AIが答えられないこと

それでは、これからはどういう学びが求められるのでしょうか。上述した講演の中で茂木さんは、「好きということ」や「生きがい」ということ、「不完全であること」がヒントになると指摘しています。

たとえば、自分はどのようなことに興味があるのか、何に生きがいを感じるのか。このような問いにAIは答えてくれません。その答えは、いくらデータを集めて解析しても見いだせるものではありません。

こういう問いはAIや他者がとやかく言うことではないでしょう。その人がそれを好きならそれでいいし、そこに生きがいを感じるのならばそれでいいのです。

誰も答えられないので、自らの経験や内面に問いかけて、自らで発見的に答えを見出していくしかないような問いです。自分が答えを探すしかありません。

不完全さの価値

ですから、AI時代の価値ある問いには、完全な答えはありません。むしろ、それは不完全なものになるでしょう。それでいいのです。

茂木さんは、不完全さがその人らしさ、その人の個性を輝かせると言います。私はその不完全さが、持続可能な問いを生み出すと考えます。そうやすやすと答えは見つからない、滞空時間の長い問いになるでしょう。

たしかに、不完全ということは「変化しながら持続する」ことにつながります。不完全だから変化の余地が残っているわけです。適応の余地が残されていると言ってもいいかもしれません。それは、変化の大きな時代を生き抜く力となるでしょう。

金継ぎの器

このことを「金継ぎ」の技術を例に話されていました。器が壊れてもそれを捨てるのではなくて、漆と金箔で継いでいくあの技術です。

破片を拾い集めて金箔と漆でつなげ、それは完璧な器ではないけれども、金継ぎされた個性豊かな唯一無二の器になります。そのようなものに価値をおく文化的伝統が日本にはあります。

そういうものが人生の一つの完成形になるのです。

経験からの発見的な学び

おそらく、これからは「経験からの発見的な学び」の価値が高まっていくでしょう。その答えは、常に不完全さを伴ったものとなりますが、その不完全さが、さらなる問いを生み出し、その人の人生を深めていってくれるのです。

このようなことはAIではなかなかできません。そう考えると、カウンセリングという経験から学ぶことは、価値の高い学びの機会になりそうです。

カウンセリングの中での学び

カウンセリングは、自らの経験から発見的に学びを深めていくプロセスです。究極的には、自分とはだれか、自分の人生の意味は何か、自己実現とはどういうことなのかということを考えていくわけですから。

そう考えると、クライエントさんは、「自らの経験から学ぶ」ための時間と空間を与えられている(買っている)と言えます。

ですから、カウンセリングの中でクライエントさんが行っているような学びの価値の重要性がますます高まっていくのだと思います。そして、それをリードするカウンセラーの技能(art)も求められるのです。

カウンセリングの中で、セラピスト・クライエントの双方が体験することを「学び」という観点からとらえることは、AI時代に求められる「学び」を考える上でヒントになると思います。

私の一つの研究課題です。

 

 

 

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