マーティン・エイミス
『why therapy works』という本を読んでいて、マーティン・エイミス(Martin Amis)という人の言葉を知りました。
「人間は、考えること、見ること、学ぶこと、知ることに対して、断続的にしか熱心に取り組めない。信じることは、人間が本当に誇りに思うことである」(Man is only fitfully committed to…thinking, seeing, learning, knowing. Believing is what he is really proud of.)
うーん、なるほど。信じることにこそ人は誇りを感じられるのであって、それは、考えたり、見たり、学んだり、知ろうとしたりすることよりもずっと優先する、ということのようです。
only fitfully committed toだから、人は考えたり学んだりということには、ほんのちらっとしか関わらない、という感じだと思います。エイミスは、信じることのネガティブな面を表現するために、この言葉を皮肉を込めて書いているようです。
このエイミスという人は『関心領域(the zone of interest)』という本を書いた人だそうで、この原作をもとにして作られた映画は、2024年のアカデミー賞国際長編映画賞を受賞したとのこと。
非合理な信念
この信じることの負の側面は、カウンセラーであれば多くの人がよく知っていると思います。非合理な信念などと言われます。信じていることは、たとえそれが非合理なものだと頭では理解できても変えにくいということです。
「自分は人から嫌われている、相手にされていない」という信念(信じていること)があるとします。すると例えば、”母親に抱かれた赤ちゃんがこちらを向いていたけど、プイっと他を向いてしまった”という経験だけでも、「自分は赤ちゃんから嫌われている、赤ちゃんにも相手にされないのだ」という考えでいっぱいになってしまったりします。
もちろん、それが非合理だとは分かっています。「赤ちゃんがそんなことを考えているはずはない」とは考えますし、「その赤ちゃんは自分だけでなく他の人に対しても次々に同じことをしている」ということを見ることはあります。
だた、そちらにはちらっとしかエネルギーを向けず、相変わらず自分の信じること(非合理な信念)で現実を染め上げて落ち込んでいってしまうわけです。
脳は正確さを求めない
それがなぜ起こるのかということですが、脳の働きが関係しているようです。脳は、「理にかなっているかどうか」にはあまり関心がありません。「自分を生かしておけるかどうか」の方に強く関心を持っています。
脳は進化論的にもずっと先に形成された生存に関わる「動物的なパーツ」と、言語や物語、想像力を生み出す「人間的なパーツ」の二つの領域に分けられます。そして、動物的な脳の方が早く起動し反応も早いです。
この動物的な方は「理に適う」よりも「生存を保証する」方を優先します。ですから、これまでの生存を担保してきたやり方は、たとえそれが非合理的であったとしても、そんなことはお構いなしです。
つまり、そういう非合理な信念があってこそ、これまでの生存が保証され生きのびられたのだから、それこそが安全策だと脳は認識します。ですから、それを変えようとするもの、つまり「考えること」、「見ること」、「学ぶこと」、「知ること」には抵抗します。そんなものには、ちらっとしか関わろうとしません。
無知であることの不安
現代の私たちの生活はとても複雑です。私などは蛇口をひねるとなぜ水が出るのか、パソコンを打つとどうして文字が浮かび上がるのかといったことから説明できません。そのようなことを「考えたり」「知ろうとしたり」することは、いかに自分が無知であるか、という不安を生じさせます。
このような道具的なものは、誰かがつくったものなので正解はかならずある、知ろうと思えば知れるということで自分を落ち着かせることはできます。自分の周りの人もほとんど知りませんしね。
分かりやすい説明に飛びつく
ただ、人間関係やSNSの書き込み、さまざまな情報、信仰となると話は別です。何が本当で何が嘘か、何が善で何が悪か。それらに対する見解は誰でも示せますし、そこには感情も乗ってきます。理解できないことや説明できないこともたくさんあって複雑です。これが不安を掻き立てます。
不安は扁桃体というところが働いていて、この扁桃体は動物的パーツの司令塔のようなところです。この司令塔は「生存こそわが人生」という働きをするので、とにかく不安を打ち消そうと働きます。ですから、理解できてコントロールできる説明を求めてそこに落ち着こうとします。それで不安解消です。
そしてそれを信じます。ただし、自分なりに理解できてコントロールできる説明などというのは、どうしても単純で安易な一方的決めつけのようなものになりがちです。ですけど、それを信じて、信じ続けていると自己暗示的にそれがその人の真実となって、むしろそれを信じることに誇りを感じるようになるのかもしれません。
心理療法がしていること
心理療法は、そのような非合理的な信念をどのように変えていくかという営みであり、それは、脳の「人間的なパーツ」を強化して、いかに「動物的なパーツ」を変えていけるかということなのかもしれません。
セラピストとクライエントは、言葉を通して、動物的な脳の反応を理解し、その反応にも落ち着いて対処できるようになることを目指します。
それは、「動物的なパーツ」が学んだことを、「考える」、「見る」、「学ぶ」、「知る」によって学びほぐす(unlearn)という、脳にとって難しい作業にかかわることになります。
このように脳のくせを理解しながらカウンセリングをしていくと、クライエントさんの心の状態をより的確にイメージしやすくなるかもしれません。