繰り返される訴え
小学校5年生の女の子が、担任の先生に頭痛を訴えているとしましょう。この子はどこか不安げで甘えたような様子もあって、担任としてはちょっと気になる子どもです。
そのため、いろいろな話をするように心がけているのですが、話を聞いてみるとわがままなところも目につきます。先日も運動会の係り決めのとき、自分の希望する係になれなかったといって不満を打ち明けていました。
結局は、他の子どもが譲ってくれたので希望の係になれたのですが、後味の悪い係決めになってしまいました。彼女の訴えに対して、先生は話を聞いてそれなりに納得させてきましたが、この子の訴えはいろいろと形を変えて出てきました。
このままの対応でよいのだろうか、という想いが先生の中にあります。このような問題に対して、どのように考えて対応できるでしょうか。
「原因論」から考える
心理的な問題は次の二つの側面から考えることができます。それは、「原因論」と「目的論」です。少し解説していきましょう。
たとえば「この子には2歳になる小さな妹がいて、お母さんはそちらにつきっきりなので、根っこには甘えたい気持ちがある」という仮説を立てるのであれば、その子の訴えの背景には、「愛情不足」や「満たされない気持ち」という原因を考えます。
愛情の不足が「原因」と考えますから、この場合は、どのようにしてそれを「満たしてあげられるか」ということが次の働きかけになるでしょう。
この仮説とは違い、「これまでは周りの子どもたちから許されていたわがままが、高学年になって許されなくなってきて壁に当たっていることが原因」と考えるならば、どうすれば壁を乗り越えられるかということが次のアドバイスになるでしょう。
このように、問題の原因を探っていく構えを「原因論」といいます。原因論からものを考えるということは、その原因を取り除こう、消し去ろうという働きかけが基本になります。
このことは、日々の学校生活の中では現実的で最も基本的な考え方だと思います。
「目的論」から考える
もう一つの考え方もできます。それは、そのような症状に訴えかけることによって、この子は何を得ているのだろう?という考え方です。
よく観察してみると、給食の前の時間や掃除の時間に訴えが多い場合、それは、結果的に「当番をしない」ことになっているかもしれません。さらに「嫌いな体育の授業前にもよく訴えがある」ということが分かるかもしれません。
この場合、嫌いな授業の時に腹痛や頭痛を訴えることによって、結果的に嫌なことを回避できているわけです。
このように、まるで自分に望ましい状態を獲得する「目的」で問題を起しているようだと仮説したり、反対に、いやなことを避ける「目的」で問題を起こしていると仮説することができます。
このような考え方を「目的論」といいます。本人は意識していないけれども、まるで目的をもって症状を形成しているようだということです。行きたくない会議があるときに都合よく腹痛が起こるというような感じです。
「原因論」と「目的論」の区別は難しい
実際のところは、「原因論」と「目的論」とをハッキリ区別することはできませんが、目的論から問題の背景を考えることは、原因が見えない場合の仮説の立て方として知っておくとよいでしょう。
このような二つの見方から問題を見ると複数の見方ができるようになります。基本的に原因論は、「これまで(過去)の蓄積が現在の問題を形成しているので、過去の中にまずい点を探してそれを改める」という時間の流れから問題を考えることになります。
一方、目的論は、「その問題が起こることによって(ちょっと先の未来)に何を獲得できるのか」から問題を考えるということになります。
二方向からの見立て
上記の事例の場合、愛情不足が頭痛や腹痛の原因であると見立てるならば、学校の中で先生が頻繁に声をかけるであるとか、席を前にして先生の仕事を手伝ってもらうということが考えられるかもしれません。保護者には5分でいいから子どもをひざの上において話を聞いてあげてほしいという提案もありえるでしょう。
もし、「人前で不器用さをさらさないようにする目的がある」と見るならば、学級全体に対して人の失敗を笑わないという指導を行う必要があるかもしれません。その子の得意な分野を積極的に取り上げていき、失敗恐怖をやわらげて行くことも考えられるでしょう。
どのような支援が必要なのかについてはケース・バイ・ケースです。ただ言えることは、なぜそのような支援を行うかということを自分なりの仮説にもとづいて実行してみて、そこからフィードバックを得ることで仮説を修正していくしかないということです。
どの仮説が正しいのかをすぐに把握することは簡単なことではありません。しかし、日々の生活を通して仮説を修正しながらその子の状態を理解できるようになるならば、より的確な指導方針を立てることができるようになります。