ある男児
小学校低学年の男児が相談にやってきました。お母さんと一緒です。お母さんは子育てに疲れ果ててしまっていて、「なかなかこの子を受け入れられない」と話されていました。この子とは、なかなか気持ちが通じないとのことです。
初めて会ってみて
初めてこの子に会ったとき、私も戸惑いました。ずっとどこか違うところを見ていて、私と話そうともしません。目の前のわたしの存在を感じていなかったのかもしれません。しかし、そっと声をかけてみると、うなずいたり、ちょっと目を合わせたりしてくれるので、交流できることも少しずつ分かってきました。
しばらく会っていると
最初はこんな調子でしたが、会う回数を重ねていくと、この子は伸び伸びと元気になって、おしゃべりをしたり笑顔を見せたりもしはじめました。お互い、打ち解けてきた感じでした。
そんなある日。最初に会ってから4回目か5回目くらいだったと思います。彼はヨーグルトのカップを大切そうに持ってきました。何かが入っているようです。お母さんは「ああいやだ」といってしかめっ面です。
「先生、水をすくうように両手をくっつけて!」
彼は私を見るととてもうれしそうに、「先生、手をこうやって」といって、両手で水をすくうようにしてほしいと頼んできました。とても嫌な予感がしたのですが、仕方なく私がそうすると、彼はヨーグルトのカップのふたを取って、私の手の中に、その中身を「サーッと」注ぎ入れました。
それは大量のダンゴムシたちでした。ワラジムシも入っていたでしょうか。私の両手の中で、丸まっったり歩いたりしています。ひっくり返って足をウニョウニョさせている姿は何とも言えません。
ゾワゾワの感覚
目が離せないまま、ダンゴムシの足のウニョウニョが視界いっぱいに広がって、ゾワゾワっとした感覚が体中をめぐりました。ダンゴムシも1匹や2匹なら何ともないですが、とにかく大量ですから。元気のいい奴は袖口から入ってきました。でも私はこの両手を離すことができません。悶絶です。
やっとのことで事態を収拾して、全部をカップに戻してホッとしたのですが、なぜこんなことをするのだろうかと不思議に思いました。わざわざしているとしか考えられません。お母さんは「気持ち悪い」、「あっちに行って」と言っていましたが、その気持ちも分からなくはなかったです。
意味が分からないときはどうする?
カウンセラーは定期的にスーパービジョンというものを受けます。カウンセリングには正解というものがありませんから、カウンセラーもとても悩むのです。だから、その悩みを、ベテランのカウンセラーに聞いてもらて、助言を受けたり、分からない意味を一緒に考えてもらうのです。
スーパービジョンで
スーパービジョンでこの話をしたところ、そのベテランの先生は「きみは、試されたんだよ。そのゾワゾワっていう、なんとも言えない不気味な感じを、この子は世の中に対してもっているのかもしれないよ。それを感じてもらいたかったのかもね」とおっしゃいました。
世の中に対して、生理的に受け付けられないような、嫌悪したくなるような感覚というものをこの子が持っているとしたら、周囲とコミュニケーションを取ることに尻込みをしたくなるかもしれません。
試し行動?
もしかすると、「キリン先生はニコニコといつも笑顔で僕を受け入れてくれているけれど、お母さんからも認めてもらえないような僕を、あなたは本当に受け入れてくれるのですか?」ということを試したのかもしれません。
子どもは、本当にこの人は自分を受け入れてくれるのか、本当に信頼していい人なのか、ということを試すような行動をすることがあります。この子の場合、言葉は使いませんでしたが、強烈にそのことを伝えてくれたように思います。4,5回あって、はじめて本当の自分を出してきたのかもしれないですね。
ダンゴムシを見ると、時々このことを思い出します。
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