魅かれる心

こころの成長

百貨店にて

 ある百貨店で2歳か3歳くらいの男の子が、お父さんお母さんと一緒に少し前をゆっくり歩いていました。場所は本館と別館の間の渡り廊下。まっすぐな廊下の両サイドには、ずらりとひな人形が並べられていて、とても華やかな空間になっていました。男の子は右にも左にもあるひな人形が珍しいようで、最初はキョロキョロと眺めていましたが、次第に人形の魅力にひかれてしまい、歩みがゆっくりとなり、ついにある人形の前で立ち止まってしまいました。その人形は、並べられているひな人形の中でも最も小さなものであり、男の子はその前にちょこんと座り込んでじーっと眺めはじめました。

離れられない気持ち

 この子の両親は、ニコニコしながら、しばらく息子の様子を見守っていたのですが、飽きる様子のないわが子にしびれを切らして、「ほら、もう行くよ」、「お手てつないで」といって息子に歩くように伝えました。素直に手を引かれて歩き始めた息子さんでしたが、すぐに人形が気になってしまい、手を振りほどいて、例の小さな人形の前にちょこんと座ってしまいました。両親はまたしばらく待っていたのですが、やはり「もういくよ」、「もう気が済んだでしょ」といって手を引こうとします。そして、息子もいったんは素直に応じるのですが、2,3歩歩くとやっぱり気になってしまって、また戻ってしまう。そういうことをさらに2回ほど繰り返していました。

美的感覚の発見

 この子は、きれいで、かわいらしいこの人形に備わる良きもの、美的な何かのを感じとるこころが動き始めているのでしょう。世の中の美的なものを発見したことに驚き、夢中になっているようでもありました。目には見えないけれども存在するものがある、ということに気づける心の状態になってきていると言えそうです。大げさな言い方になりますが、こころを発見したとも言えるでしょう。このひな人形は最も小さなものだったので、この子はそこに自分と近しい何かを感じ取っていたのかもしれません。

記憶を留めるむずかしさ

 しかし、この年齢では、自分が経験しているこれらの繊細な感覚を、言葉にして心の中に留めることなどとてもできなかったのでしょう。記憶にとどめることができず、それらの感覚はすぐに消えてなくなってしまうので、この子はすぐに戻って、何度も確認するしかなかったと思われます。せっかく見つけた良きものを手放したくはなかったのです。

店員さんの機転

 この様子をひな人形を売っている店員さんも見ていました。店員さんも私と同じことを感じ取ったのだと思われますが、機転を利かせてくれて、ひな人形のカタログをこの子に手渡してくれました。するとこの子は目を見開いてそれを眺め、にっこりと笑って店員さんに手を振って、安心してその場を離れることができました。たとえ忘れても、すぐにそのカタログを見ればいいのです。私もほっとして、やっとその場を離れることができました。

 

 

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