情動:体験から未だ遠い身体反応

こころの成長

気持ちとは

 カウンセリングでは、クライエントの気持ちをとても大切にします。しかし、気持ちとはどういうものでしょうか。気持ちを表す表現には情動(emotion)、感情(affection)、感じ(feeling)、気分(mood)などいろいろなものがあります。心理臨床では、情動(emotion)という用語をよく使うのですが、この情動について、ある著作を読んでいて「なるほど!」と思ったので、そのことをご紹介したいと思います。

 

その著作とは?

 その著作とは、M. Wilkinson(2010). Changing Minds in Therapy. Emotion, Attachement, Trauma, and neurobiology,Norton(ウィルキンソン,M 岸本寛史(監修)広瀬隆(監訳)(2021).セラピーと心の変化:情動・愛着・トラウマ・そして脳科学 木立の文庫)です。この監訳者である広瀬隆先生は、emotion、affection、feelingという用語の訳語を使い分けたとして、emotionについては、次のように説明しています。

心理学でいうemotionとは

 一般に心理学でいう情動(emotion)とは、単なる感情ではなくて、感情とともに身体反応も同時に起こるような、強い感情のことを言います。喜怒哀楽のことだと言えます。つまり、ドキドキと心臓の鼓動が早くなったり、瞳孔が開いたり、発汗したり、震えたり、固まったりという身体反応をの伴うものです。ハッとしたり、ヒヤッとしたり、ムッとしたり、ドキッとしたり、ゲッと思ったり、ビクッとしたり、ウッとしたり、ギョッとしたりすることです。「楽しいな」、「気持ち良いな」、「ちょっと嫌だな」といったものよりも強い感情で身体反応も伴います。しかし、情動について広瀬先生は「『体験からは未だ遠い身体的反応』を示す語として”情動”という語をあてました』(p.ⅳ)としています。

体験から未だ遠い身体反応?

 ギョッとしたり、ヒヤッとしたりという情動は、身体を通して鮮明に感じ取れるわけですから、「体験からは未だ遠い」ということに違和感を抱かれるかもしれません。しかし、よく考えてみると、ギョッとしたりムッとしているときは、頭よりも身体の方が強く反応しているわけですから、なぜギョッとしたのか、何に対してギョッとしたのかということについては、未だ考えられていません。ギョッとしているからおびえているわけでもなく、ムッとしたからといって怒っているわけではないこともあります。そのときはムッとしたけど、よく考えてみると、本当に体験していたことは、怒りではなく照れだっり、恥ずかしさだったり、喜びだった、ということを後から知ることもあるのです。だから情動反応というのは、「体験から未だ遠い身体反応」なのです。

虐待を疑われていた母親

 仮想事例で考えてみましょう。ある母親が息子を虐待しているのではないかと疑われていたとします。確かに息子を叱り飛ばすその様子はとても厳しく、時に手が出て、怒りの情動でいっぱいの様子でした。もちろん母親も自分は怒っているということを自覚しています。しかし、その母親と時間をかけてじっくり話していると次のようなことが分かりました。実は以前、母親は自分の不注意で交通事故を起こしてしまい、子どもを一人亡くしていたのです。そのため、どうしても心配が先に立って、あのように厳しく叱ってしまうのだということが分かってきました。怒ってはいますが、本当は愛情やおびえ、悲しみといったことを体験していたのです。たしかに情動とは「体験から未だ遠い身体反応」だったことが分かりました。

本当に意味している領域に向かって

 情動は、こころが本当に感じていることとズレていることがあります。カウンセリングでは、情動反応を超えて、その時、本当に意味していたこどはどういうことだったのか、という領域に向けて考えを進めていくことでもあります。これに気づくには、時間がかかることもあります。しかし、こういうことに気づけるようになると、情動に振り回されることは少なくなり、本当に意味していたことを理解しようとしながら気持ちを落ち着けて、その影響を緩和することができるようになります。こういうこともカウンセリングの効果の一つなのです。

 

 

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