しぶしぶの来談
中3の男子生徒が、不眠ということで相談にやってきました。布団に入ってもなかなか寝ることができず、朝方になってやっとウトウトできるということです。ですから遅刻ばかりをしていました。そして、状態はさらに悪くなり、学校を休む日も増えていました。
その子が、母親と担任に説得されて相談室にやってきました。
本人は「カウンセラーなんかに話をしても意味がない」と言っていたようです。しかし、遅刻や欠席のことを本人も気にしていたようで、嫌々ながらしぶしぶやってきました。
ピアノ好きが判明
この生徒は音楽活動をしたくて、家でギターやピアノばかりをしていました。それらに夢中だったようです。しかし、父親は認めてくれませんでした。
「そんなことで将来食べていけるわけがないだろう」、「今は勉強に専念しろ、人生で大切な時期なのだから」、「高校に合格してからやりなさい」と高圧的に命令して、息子の音楽好きを決して許さず、音楽活動を禁止していました。
このことが一番の不満だったようです。この子はお父さんのことを嫌いなわけではないのです。ギターはお父さんが昔やっていて、自分に勧めてくれたものでしたので、むしろ、ギターが上手なお父さんのことを尊敬しているような感じもありました。
「それなのに、お父さんはなぜ分かってくれないんだ」と、この子は悲しいやら悔しいやらです。そういうウツウツとした時間を過ごしているうちに、なかなか寝つけなくなって、今の状態になったようでした。
彼の語るストーリー
彼は「昨日も全然眠れなくて、朝方の4:00になってしまい、することもなかったのでピアノを隠れて弾いていて、それで疲れて寝てしまった」と話しました。「そうしたら、起きられず午前中はずっと寝ていた」そうです。
彼のストーリーは次のような順序になっていました。
眠れない → ひま → 暇つぶしにピアノ → 眠くなる → 午前中ずっと寝ている
カウンセラーが理解したストーリー
私は、彼の語るこのストーリーがどうも腑に落ちませんでした。ですから、私なりの理解を伝えました。
「ピアノを弾いて疲れて寝ちゃったんだね。でも、もしかするとだけど、君は弾きたかったピアノを弾けて、やっと気持ちが安らいだから、それでぐっすり眠れたのかもしれないね」と。
すると彼は、「そうかもしれない!確かにそうだ!その通りだと思う」と、とてもうれしそうでした。彼の来談意欲が高まったのは、そのような会話からだったと思います。
本人以上に本人の気持ちを言い当てること
こういうことが時々おきます。本人の理解以上に、カウンセラーの理解の方が本人の気持ちにぴったりするときです。
こういうことがあると、確かにクライエントの来談意欲は高まります。「このカウンセラーは、自分以上に自分のことを分かってくれる!」という感覚にさせるからです。
当時は、「うまい言い方ができたな」、「来談意欲も高まって良かった」と思いました。確かにその側面はあります。
危険もあるのでは?
しかし、もし、このような経験がクライエントのピンチを劇的に救って、頼りがいを強く感じさせてしまうと、やがてクライエントは何でもかんでもカウンセラーに答えを求めるようになるかもしれない、と今では思っています。
そのようになってしまうと、クライエントは自分の気持ちに向き合わなくなり、自分のことも考えなくなってしまうでしょう。そういうカウンセラーは、クライエントを依存させてしまうかもしれないのです。
カウンセラーがアドバイスをして、それがピタリ、ピタリと当てはまり、クライエントさんの状況を好転させるようなときにも、同じような危険があります。
答えを教えてくれる頼りがいのあるカウンセラーは、一見クライエントにとってよきカウンセラーのようですが、そこでのカウンセラー・クライエント関係はちょっと危険だなと感じます。
とはいえ
カウンセリングは、クライエントの気持ちをピタリと言い当てるというよりも、それぞれが互いに独立していて、決して理解し合えないということを前提にしています。
その理解し合えないズレを生きながらも、そのズレが小さくなるように対話を重ねることで、お互いがそれぞれ自分のことを発見的に理解していくプロセスが、カウンセリングなのではないかと今は思っています。
とはいえ、クライエント以上にクライエントの気持ちを言い当てることなど、なかなかできることではありませんので、そういうところを目指して日々研鑽を積むことは悪くないとも思っています。

