多職種連携での課題
病院における心理職は、当然クライエントの心理療法を担当します。つまり患者さんに対する心理支援をするわけです。しかし、「必ずしも患者さんだけがクライエントとは限らない」ということがあります。
たとえば、医師や看護師が「この患者さんは不安が強くて依存的になっているから手に負えない」と考えて、「この患者さんの不安への対応として心理に回そう」と判断したとしましょう。
医師や看護師はこう考えて心理に回すのですが、当の患者さんは別に心理職に話を聞いてもらいたいとは思っていません。こういうことがよく起きます。
真のクライエントは?
さて、この場合、真のクライエントは誰でしょうか。この場合は、医師や看護師ということになるでしょう。
患者さんも心理のところまで足を運んでいる以上、われわれのクライエントであることは間違いありません。ただ簡単に「患者=クライエント」と判断すると、真のクライエントを見逃してしまうことになります。
事例検討会で
心理職の仲間内で行われる事例検討会では、普通、カウンセラーとクライエントのやり取りがメインのテーマになります。ですから、医師がカウンセラーに紹介したこの経過の詳細が報告されないまま、事例検討がすすんでしまうことがあります。
そのような場合、事例を提出するカウンセラーは、「クライエントが何を求めてカウンセリングに来ているのかわからない」、「いつも雑談で終わってしまうので、このまま会い続けてよいのか迷っている」と困っていることがあります。
このようになるのは、そもそも来談している患者(クライエント)は真のクライエントではなくて、真のクライエントは医師の方だからではないか、と感じることがあります。
事例検討会ではカウンセラーとクライエントのやり取りだけでなく、カウンセラーと医師のやり取りも重要な検討事項になっているのに、そのことが省かれてしまっているので論点がずれてしまっているのです。
真のクライエントを見極める
ですから、この場合は、患者さんへの対応ばかりでなく、医師や看護師の不安や不満、希望や願いを聞き、心理職に依頼したニーズをしっかりと把握しておかなければなりません。多職種連携では、真のクライエントは誰かということの見極め作業が必要になるのです。
学校では
このことは学校でも同じです。学校では児童生徒がクライエントになっているけれども、実は困っているのは学校の先生たちであって、本人は全く困っていないということがよく起こります。
「このケースの真のクライエントは誰だろうか」を見極めておかないと、いつまでも児童生徒ばかりをクライエントと見立ててしまって、かかわりの方向性がずれたり、わからないままになったりします。
真のクライエントが教師の場合は、コラボレーションという気持ちで、積極的に教師側の気持ちや見立て等を組み入れて、全体をシステムとしてとらえておく視点が求められます。
システムの視点とは
システムの視点というのは、システムの中での自分の立ち位置や真のクライエントを見極め、そして真のクライエントのニーズを汲んで動くということです。
システムの視点から事例を検討するということは、誰と誰のやり取りが書かれるべきかをまず考えなければいけないということです。カウンセラーとクライエントとのやり取りばかりを見ていてはコトが進まないのです。
病院や学校という組織の中では、真のクライエントのニーズを汲んで、その範囲内で動くのが適切であって、それを越えると「心理は何をしているのだろうか」「あのスクールカウンセラーはダメだ」と評価されてしまうこともあります。
そうすると結果的に連携が進まないことが起こりえます。特に一人職場のスクールカウンセラーは、こういうところへの目配り・気配りは組織で働く上での重要な戦略になり、生き残るうえでのコツでもあります。
地味な関係づくり
クライエントとの関係は大切であることは言うまでもありません。しかし、真のクライエントのニーズを汲んでおくこと、そしてその人たちとの関係を地味に作り続けることが、他職種との連携では必要になります。
地味に作り続けるというのは、雑談をしたり情報共有をして方向性を確認したりという作業になるでしょう。その中に心理の見立てや方向性を伝えていくのです。
こうすると、心理の見方をうまく取り入れて組織が動いてくれることもよくあります。事例検討としてはあまり劇的ではありませんが、このようにシステムの視点から動くことが劇的に効いてくることはよくあるのです。