カウンセリングをリードする
「カウンセリングは初めてです」というクライエントさんがいます。そのようなとき、カウンセラーは、カウンセリングで良い経験をしてもらうために、この場をリードしなければなりません。何しろ、相手は初めてですからね。
カウンセラーのリーダーシップ
一通りお話をされた後、クライエントさんは決まって「先生どうすればいいでしょうか?」、「どうすれば治りますか?」などと質問するわけですから、この場をリードするカウンセラーとしては、やはり気の利いた答えを出したいものです。
その期待に応えてこそリーダーであり、クライエントさんからの信頼も高まるというものです。
さて、普通はこのように考えられているのではないでしょうか。ここまで極端なことを言わないにしても、多くのカウンセラーはこのような期待とプレッシャーを感じているように思います。
〇〇療法を施す
そうすると、カウンセラーはたくさんの勉強をして、研修も受けて、いろいろな心理療法の知識や技法を獲得しようとします。たくさんの知識や技法があれば、それだけたくさんの引き出しがあって、どんな状況でもうまくリードできるでしょうからね。
ですから、それはそれでいいのですが、最近、私はちょっと違った考え方をするようになっています。
楽でいられるために
それは、「カウンセリングの中で自分が楽でいられること」が大切なのではないかという考えです。今言ったようなプレッシャーを感じずに居られること。それが大切なのではないかということです。
そしてそのためには、上記のような、クライエントの前を歩いて導くようなリードの仕方をやめた方がよいのではないかという発想の転換をしています。
『もっと臨床がうまくなりたい』(宋大光・東豊・黒沢幸子,2021,遠見書房)という本にその極意のようなものが書かれています。以下、この本を読んで考えたことを書いてみます。
一歩下がってリードする
「一歩下がってリードする」というのは、ブリーフセラピーの領域で使われている言葉のようなのですが、矛盾を含んでいてなかなか興味深い発想です。普通は一歩進んでリードする、前に立ってリードするわけですから。
「一歩下がってリードする」に関して、私はクライエントがどこに行きたいのかを探りながら進むこと、と理解しています。
以前にも書きましたが、まず見極めたいのは、クライエントは「変わりたい」のか「変わりたくないのか」のところです。「変化を必要と考えているのか、不必要と考えているのか」です。
そして、「変わりたい、変化が必要」なら変わりたい方向にむけて進むし、「変わりたくない、変化は不必要」なら変わらない方向に進めばいいのでしょう。
どの方向に進んでも治る
どちらに進んでもよいのです。なぜならば、どちらに進んでも治るからです。ここでいう「治る」とは、クライエントも楽になり、新しいストーリーや相互作用が創出され、そうすることでエンパワーできるという意味です。
「どの方向に進んでも治る」という確信があるからこそ、一歩下がってリードできるのです。そして、カウンセラーも楽でいられるのです。これはすごい発想です。
「一歩下がってリードする」ために
しかし、ただクライエントさんの語るままについていくだけでは、一緒に迷子になる可能性大です。そこはやはりカウンセラーのリードが必要です。では、それはどうすればいいのでしょうか。
常に「良いとこ」をたくさん妄想できている
クライエントの語りの中から、たくさんの「良いところ」や「資源」を「妄想」できて、たくさんの「肯定的意味づけ」ができていること。
「妄想」というのは、かなりリアルに想像できているということですが、あくまでも根拠のないこちらの思い込みという意がこもっています。ですから、この「妄想」にはこだわりませんという意味です。
病気の妄想ではないという意味で、「 」付きの「妄想」で表記します。
「妄想」の例
「もう3年間もこの症状で苦しんでいます、先生どうしたらよいでしょうか?」と言われた場合で考えてみましょう。
そう質問されたときにはすでに、「苦しい中でこの人は3年間も工夫し知恵を使い、誰かの助けを借りてなんとかやってこられたのだろう。この人は資源を豊富に持っているのだな、それはどんなことだろう」と「妄想」するのです。
そして、この「妄想」をもっとリアルにするための質問をしたいなと考えながら話を聴きます。この状態が「一歩下がって」です。そして、その観点から質問することが「リードする」ことです。
相手の語りから、強み、資源、良いところを妄想しながら聴きそして質問することが、「一歩下がってリードする」ことなのだと思います。
常に「落としどころ」が妄想できている
もう一つ大切なのが、「落としどころ」の「妄想」です。「落としどころ」ですから、ちょっと先の未来にある話の結末、良き結末の「妄想」です。
「もう3年間もこの症状で苦しんでいます、先生どうしたらよいでしょうか?」の落としどころはどこでしょうか。
落としどころの例
3年間の中で、苦しい中でも少しマシだった時、あるいは良かった時の生活を思い出してもらい、その中からできそうなことをやってみるあたりが、落としどころになるでしょうか。
3年間、自分をずっと支え続けてくれた何かがあったのでしょう。その支えをそのまま継続することこそが役に立つのかもしれません。そういう落としどころもあるでしょう。
それとも、まだ語られてはいないけれども、すでに良い変化が起こっているのかもしれません。
これも以前書きましたが、来談するということそのものが「復活ののろし」を上げに来ているのかもしれません。クライエントさんはそのことを、自分でもどこかで感じている可能性もあります。それが膨らんでいくことが落としどころになるでしょうか。
「妄想」にこだわらない
ただし、これらはすべてカウンセラー側の「妄想」です。これにこだわりません。つまり、カウンセラーの「妄想」の方に強引に引っ張っていくわけではありません。そんなことしたら、もとの「一歩前からリードする」に早変わりです。
「一歩下がって」落としどころを「妄想」しながら、こちらから質問することで「リードする」。質問に対するクライエントの答えからまた「良いとこ探し」と「落としどころ」を「妄想」し質問する。
一歩下がってリードするというのは、そういうことだと思います。たくさん「妄想」できれば、それだけいろいろな方向や質問が頭の中にあるということですから、余裕をもって楽にいられるのでしょう。
とはいえ・・
とはいえ、落としどころを複数「妄想」できることは並大抵のことではありません。これは、カウンセリングの数をこなすだけでなく、カウンセリングの落としどころはどこかという観点から、たくさんの事例論文を検討しておくと良いように思います。
そして、急ぎすぎないことです。急いで良いところばかりに焦点を当てていくと、クライエントさんは、話がそらされるばかりで全然聞いてもらえず、場はしらけてしまうでしょう。クライエントさんを傷つけてしまうかもしれません。
慌てずゆっくりと話を聴きながら、頭の中では素早く「妄想」するのです。でも急がずに進みます。
自転車やバイクと同じで、早く進むよりもゆっくり進む方が難しいものです。上級者はゆっくりゆっくり進むことができます。慌てないことも大切だと思います。