A君のこと
先生たちと話している時に、小学校5年生のA君のことが話題に上がりました。
A君は勉強が遅れており、気持ちも不安定になりがちだったので、特別支援学級に通級していました。
また、クラスの友だちとトラブルが多く、すぐにキレてしまいます。そういうところに嫌気がさして、周りの子どもたちは少しA君のことを敬遠していました。
見せる顔が違う
最近のA君は人によって見せる顔が違うそうです。養護教諭の前では、イライラした様子は全く見せず、キレることもないそうです。それどころか、保健委員会の仕事を一生懸命にしてくれているとのこと。
「私には良い自分を見せたいのかな」と養護教諭は言っていました。
一方、特別支援学級では、イライラした様子で暴言を吐き、物に当たることもよくあるそうです。やるべきこともやらずにいて平気です。
「Aは教室で我慢している分をここで出している。素の自分をここで出しているのだと思う」というのが、特別支援学級を担当している先生の話。
どういう意味があるのでしょう
このようなA君をどのように理解すればいいのか、ということが話題になりました。先生たちは、常に現場の最前線にいますので、今のことに注意を向けがちです。ですから、以前はどうだったのかということをまず尋ねてみました。
すると、以前の行動は「めちゃくちゃ」だったそうです。授業中はもとより、登下校中であっても、給食中であっても、とにかくトラブルが多かったと言います。
「以前と比べたらずいぶんマシになった」、「Aも成長している」というのが先生たちの認識です。長期的には成長しているという評価でした。
では、今をどうする?
長期的には成長している。では、今をどうするか。スクールカウンセラーはこういう質問をしばしば受けます。
このような場合は、こころのモデルや理論を引っ張り出して、一定のストーリーを導きだしたいものです。A君の場合、次のように考えました。
こころのモデル
こころには、良い対象と悪い対象があるというモデルがあります。良い対象は、自分の好きなモノやヒト、好きな活動や心地よいもののことです。反対に悪い対象は、自分の嫌いなモノやヒト、苦手な活動や苦しいものです。
そして、こころの中では、良い対象は良い対象どうしで強く連結し、悪い対象は悪い対象同士で強く連結しています。
こころが成長して健康な場合、この良い対象と悪い対象の間にも、ある程度の連結があり、お互いが心の中で共存しています。だから、多少の悪であれば目をつぶったり、心に抱えたりできます。
自分もブラックな部分を抱えているので、相手のブラックな部分を許せますし、良い対象がブラックな心を緩和することもできるのです。
こころの未熟性
ところが、こころが未熟な場合、良い対象と悪い対象の連結が弱かったり、連結がなかったりします。
こうなると、良いことがあったらこころは良い対象で満たされますが、悪いことがあったら一気に悪い対象が活発化するといったように、不安定になります。
未熟なこころは、自分の味方をしてくれたり、自分に優しくしてくれる人のことを、それだけで一気に理想的な良い人と捉えます。
一方、自分を批判したり注意する人に対しては、一気に嫌な人、最悪な人といって拒絶するようになります。
極端から極端に振れてしまってバランスが良くないんですね。これでは、現実を見つめたり、自分のことを振り返ることも難しくなります。
A君のこころの状態
このモデルで考えると、A君のこころは、良い対象(養護教諭)と悪い対象(特別支援の先生)が未だ分離しているといえるかもしれません。
長い目で見れば成長しているが、まだまだこころは未熟ということです。
外の関係性が取り込まれる
ですから、このような場合は、養護教諭と特別支援教諭が綿密に情報交換をしながら、一緒にA君に関わるということが良いと思います。これまで通りということです。
以前は「めちゃくちゃ」だったA君のこころは、今では、良い対象と悪い対象とにまとまってきたのでしょう。それを象徴するのが、養護教諭と特別支援教諭です。
この両者が連結して(つながって)、一緒にA君に関わるというその関係性が、次第にA君に取り込まれて、A君の中で分離している良い対象と悪い対象の関係性に移し替えられていく可能性を期待できそうです。
同じことをもう一度
A君の内的世界では分離している良い対象と悪い対象ですが、外的世界では良い対象(養護教諭)と悪い対象(特別支援教諭)との連結がしっかりとなされて機能しています。
そして、その関係性が、内的世界の関係性に反映されていくことによって、A君の心をまた一段と成長させるのです。そういうことを期待できるように思いました。
見立てと見通し
A君はこれからもしばらくは特別支援学級で暴言を吐き暴れたりするかもしれません。しかし、そのイライラが落ち着いて、気持ちが戻っていく頃合いを見計らって、保健室での活躍や努力していることを思い出させたり、先生たちは評価していることを伝えながら、良い対象の力を高めるように関わることができると思います。
そして、A君の成長する力も相まって、次第に、良い対象で悪い対象の影響を緩和したり、イライラした気持ちを心の中に治められるようになると予測しました。
共有して持ちこたえる
このような見立てが正しいかどうかわ分かりません。ただ、理論的に考えられていることを、今ここでの現象を理解する手がかりにすることはできます。
あくまでも手がかりですが、このようなことを繰り返していきながら、A君を支援するストーリーを生み出し、皆で共有しておくことは、支援者のしている関わりに意味を持たせ、見通しを与えることになります。そしてそれが過酷な現場で持ちこたえる力になるのです。
スクールカウンセラーはそういう仕事もしますので、いろいろな理論を知っているとストーリー・メイキングに役立ちます。
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