こころの修復

こころの成長

キレるA君

 なかなか教室になじめず、すぐに教室を抜け出したり、勝手に保健室に行ってしまう子どもがいました。小学校低学年のお子さんです。仮にA君としましょう。

 A君は、友だちとトラブルとなることが多く、そうすると我慢できずにパニックりなり、人を攻撃して物にあたります。学校でもどう対応してよいのか分からず困っていました。

キレて紙をビリビリに

 ある日の休み時間。サッカーをしていた時、友だちから「ファウル!!」、「ルール違反!」となじられて、それに納得いかずけんかになってしまいました。本人はルール違反をしていないという主張です。

 どちらの言い分が正しいのかは分かりませんでした。A君は納得がいかず、いつまでもイライラが収まらない様子でしたが、さらに通級している学級で忘れ物をしてしまったことに気づき、そこでキレてしまいました。

 筆箱を床にたたきつけて、鉛筆を折り、消しゴムを投げてつけて、近くにあった折り紙を何枚もビリビリに破いてしまいました。

 こんな時に声をかけたり、無理やり止めさせたりすることは、かえって火に油を注ぐだけ。先生たちはそう考えて、危険な行為でないならばと、落ち着くまで様子を見ていました。

落ち着いてくると

 物に当たったり暴言を吐いたりしていたのですが、しばらくすると落ち着いてきました。あたりはとても散らかっています。そんな中、彼はビリビリに破かれた折り紙を一枚ずつ手に取って、それを糊やテープで修復し始めました。

 手先は器用ではありませんし、折り紙もくしゃくしゃになって破れています。修復は思うようには進みません。しかし、A君は我慢強くこの修復作業に取り組んでいました。

見守る先生

 修復作業が続けられる中、静かな時間が過ぎていきました。その様子を特別支援学級のY先生は少し遠いところから、邪魔をしないようにそっと見守っていたそうです。

 目から伝った涙の跡が頬に2本。しょんぼりとして一人ぽつんと修復作業。Y先生は痛々しいものを感じたそうです。

 修復作業はなかなかうまくいきません。隙間がないように折り紙をつなげたいようですが、どうしてもいろいろなところに隙間ができてしまいます。

 その様子を見ていたY先生は、その隙間が埋まるように、黄色やピンクの折り紙を丸く切ったり雲の形に切ったりして、それで隙間を埋めるように提案しました。

 落ち着いていましたので、彼はすっとその提案に乗って、先生が切ってくれる折り紙を隙間に貼り付けていきました。

なかなかの出来栄えに

 すると、先ほどまでの痛々しかった折り紙たちが、急に芸術作品のように息を吹き返し始めました。色も形もアンバランスではありましたが、それがかえって良かったのです。

 「ねえ、先生、ハートの形に切って」というリクエストまでA君から出はじめて、Y先生はいろいろな色の、きれいなハートの形を作って手渡してあげました。

 こうしてA君はすっかり落ち着き、教室に戻ることになりました。「この作品は持って帰る?」という先生に対して、「ここに置いておいて。また来るから」といって教室に戻っていきました。

こころの修復とは

 この子は、切り刻まれて断片となった折り紙の一片一片を、つなぎ合わせて一つにまとめようとしていました。まるで、バラバラになってしまったこころを一つにまとめているかのようでした。

 こころは目には見えません。しかし、こころは自らの状態を、折られた鉛筆として、切り刻まれた折り紙として、表現します。

 こころは、自らが折れて破かれてしまい、もはや意味のないものになっていることを、そのような場面を作り出すことで表現します。そう考えるのが心理臨床の考え方です。

見立てる

 ですから、A君が折り紙を修復しはじめた時というのは、こころの修復作業がはじまったと見立てることができます。見立てるというのは、「仮にそうであるとみなす」ことです。

 先生がその場面をうまく活用して、心の修復をお手伝いしたのです。すると折り紙は、芸術作品のように息を吹き返して生まれ変わったわけです。これは、まさにA君のこころが生まれ変わっていったと見立てることもできそうです。

 そう考えると、Y先生は学校の中で心理療法をしたと言えるでしょう。

修復作業がうまくいくと

 こころの修復作業がうまくいくと、こころは以前よりも少し強くなってパワーアップします。我慢強くなりますし、先のことも少し見通せるようになります。先を見通せるようになりますから、損得を考えて冷静に判断できるようにもなるのです。

 そしてこの余裕が、結果的に、以前よりも全体が見えて、他者の気持ちにも配慮できるようになるわけです。

あれから4年

 高学年になったA君は、いまではすっかり学校のリーダー格です。我慢強くなりましたし、相手の気持ちもよくわかる子どもに成長しました。

 折り紙を修復する場面のほかにも、いろいろと悔しい場面や悲しい場面に遭遇しましたが、A君は先生たちと一緒に乗り越えていきました。

 その積み重ねがA君の今の姿を作っているのだと思います。

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