しまった!
包丁で指を切ってしまった瞬間や沸騰した鍋に触った瞬間、「しまった!」とか「痛い!」「熱っ!」とか思います。でも、その瞬間は意外と痛みや熱さは感じていないものです。でも、とっさに手はひっこめています。
そして次の瞬間くらいですかね、痛みや熱さを感じるのは。このことから脳は二つの情報伝達回路、つまり情報が通る二つの道を持っているらしいです。高速システムとスローシステムです。
この二つのシステムが同時に働いていると言ってもいいと思います。以下、『why therapy works』(Cozolino, L, 2016)という本の内容をまとめたものです。
高速システム
一つ目が高速システムです。これは他の動物たちと共通しているシステムで、感覚や運動、身体機能のために進化してきたシステムです。高速システムは、熱い鍋に触った瞬間「手を引っ込める」運動や身体機能を司どっている回路です。このシステムは高速すぎて意識できないそうです。たしかに沸騰している鍋に触った瞬間には手を引っ込めていて、われわれはそのプロセスを意識していません。
動物も同じように、痛みや熱いものに触れたら、そこからとっさに離れます。そう考えるとたしかにこのシステムは動物とも共通してそうです。
他にも目の前に何かが飛んで来たら、とっさに目をつぶったりのけぞったりもしますよね。進化論的には、こちらの脳が先に形成されています。
考える以前の回路
このシステムは、非言語的で無意識的に動くので、意識的な思考ではアクセスできません。そして、このシステムで動く記憶もあるそうです。潜在的記憶や無意識的記憶あるいは身体記憶などと言われます。意識的には思い出せないけど決して忘れない記憶だそうです。
衝動的(あるいは反射的)に暴言や暴力で反応したり、すぐにキレてしまう子の中には、この高速システムが活発化してしまっているとも考えられそうです。そこには何らかの潜在的記憶や身体記憶という無意識の記憶が作用しているのかもしれません。
スローシステム
二つ目の回路はスローシステムというもので、進化論的には高速システムの後に形成されました。こちらは、物語や想像力、抽象的思考を生み出しました。複雑な社会的相互作用のために必要で、自己認識や自己省察をするものです。当然、意識的にアクセスできて働かせることができます。
言葉を覚えたり、計算したり、他者の表情を見てその気持ちを理解したり、作法や規範を理解しそれに従ったりするようなシステムを司どっています。心理療法はこちらのシステムを活用しています。
スローシステムの錯覚
もう一つ大切なのは、このスローシステムは高速システムをコントロールしていると錯覚してしまうところにあります。普通、とっさに手を引いたのは「自分が意識してやった」「自分がした」と認識しますよね。このようにスローシステムは、自分がそれをしたわけではないのに、自分がやったと錯覚してしまうわけです。
実際は、高速システムが起動したその後、0.5秒遅れてスローシステムが起動するとのこと。その0.5秒の間で、脳は過去のテンプレートをもとに現在を構築して、それを客観的な現実として認識しているようです。
包丁で指を切って「とっさに(無意識に)手を引っ込めた」その0.5秒後にやっと、過去のテンプレートをもとにして「痛み」として意識できるということです。そしてスローシステムは手を引っ込めたのは自分だと錯覚します。
スローシステム回路を通る情報
このスローシステムで処理されている情報の90%は内部神経処理の結果生み出された情報らしいということも分かってきました。情報は視覚や聴覚などの感覚器を通って外からやってくるわけですが、その外部からの情報を処理しているのは10%程度で、あとの90%はそこから認識や現実を作り上げるための内部処理に使われているようです。
かなり脳の内部で作り上げた現実を経験しそれを客観的な現実として認識しているようです。極端な話、私たちが認識するものの90%は脳が内部で作り出しているものである、ということなのかもしれません。
心理療法にとって
心理療法はスローシステムを中心になされます。しかし、教育や福祉領域での心理臨床では、虐待やトラウマという観点から理解しなければならないこともあり、その場合、高速システムを対象にしていることもあるでしょう。
高速システムとスローシステムの間の0.5秒で、脳は意識できないほど速いスピードで、検索エンジンのように働き、無意識のうちに記憶、身体、感情をスキャンして関連情報を探しています。そしてある認識を構築しているわけです。
おそらくそれは、まずは生存に役立てばOKなので、モタモタせずに、多少間違っていても構わないと当たりをつけて認識を作り現実を生み出そうとしているのかもしれません。だから処理バイアスがかかっているのでしょう。
その瞬間、瞬間、つまり0.5秒で何が起きるのかということをもう少し詳しく理解できれば、自分のカウンセリングの幅も広がる気がしています。