原始反射は消えない

カウンセリング

あかちゃんの反射

あかちゃんは原始反射とともに生まれてきます。原始というのは、かつてヒトが生き残っていくうえで必要だった能力のことを言います。生まれながらに備わっているものです。

バビンスキー反射

あかちゃんの足のかかとからつま先にかけて、大人がゆっくりと指を添わせると、あかちゃんの足の指が反射的に開きます。原始反射の一つです。

吸てつ反射

あかちゃんが口に触れたものを反射的に吸いつくのも原始反射です。

モロー反射

あかちゃんが突然大きな音や光などでびっくりすると、手を広げて何かにしがみつこうとします。たとえば、スポイトに水を取り赤ちゃんのほっぺたに1滴たらすと、あかちゃんはびっくりして腕をバタバタしますが、あれをモロー反射といいます。

把握反射

これは有名ですね。赤ちゃんの手や足に何かが触れると反射的にそれを掴む現象です。小さなあかちゃんの手のひらに大人が指を触れると”ギュッ”と握ってくれて、大人が”キャッ”となるやつです。

把握反射は胎児のときから観察されているらしいです。胎児がへその緒にふれて、へその緒をギュッとしている写真が撮られることもあるとのこと。へー。

原始の時代には、何か(多くの場合母親)に触れた時にギュッと握ったほうが生存確率が高まったのでしょう。生後2~3か月もすると、自分の身体を自分で支えられるほどの力で握ることができるそうです。

原始反射は消えない

原始反射ですが、これは生後数か月で消えてしまいます。だいたいそのように解説されています。私もそう思っていました。

しかし、正確に言うと「消える」のではありません。原始反射を抑えるように脳が動き出すということのようです。以下、いつもの『why therapy works』の解説です。

大脳が脳幹とつながる

把握反射で説明しましょう。把握反射というのは、脳幹という部分によって制御されています。脳幹というのは呼吸や血液循環など生命維持に欠かせない働きをします。ほかにも、大脳や小脳からの運動情報を脊髄に伝えたり、手足から入ってくる感覚情報を視床に伝えたりもするとのこと。

反射が起こるということは、脳幹が優位になっている脳幹優位の状態ということです。この場合の脳幹は、まだ大脳との接続がないので大脳の影響が及んでいません。

大脳とつながり始める

しかし、脳は成長します。具体的には、大脳皮質から下降性繊維が送られて脳幹とつながり、原始反射を積極的に抑制しはじめます。大脳が脳幹とつながって脳幹を支配し始めるということですね。

こうすると、手足の指は反射から解放されて、あかちゃんは10本の器用な指を持てるようになります。単に掴むだけでなく、お箸を使ったりピアノを弾けたりする「指」を持つことになるわけです。

歳をとると

この把握反射が消えてしまうわけではないということは、歳をとってくるとわかる場合があるようです。歳をとって、前頭葉と側頭葉のニューロンを失い始めると、この大脳と脳幹のつながりがなくなっていき、大脳が脳幹を制御できなくなって、再び脳幹優位の状態になって把握反射が起こってくるそうです。

皮質解放兆候(cortical release sign)というらしいです。ですから、このサインが見られる場合は、脳損傷や脳疾患が疑われます。

心理療法にとっての示唆

大脳皮質が脳幹とつながり、そして支配するようになるのと同じことが、大脳皮質と扁桃体との間でも起こっています。大脳皮質は扁桃体に下降性繊維を送り、扁桃体の活性化(つまり親密さに対する恐怖や不安の高まり)を抑制できるようになっていきます。

これまでも書いてきましたが、扁桃体は潜在的な危険を察知して自分を守るように働きますので、とにかく生存を最優先します。養育環境に恵まれている場合は、四六時中、親(養育者)にくっつき、いつでもくっついていられるという安心感を得られます。その安心感で満たされている子どもは、周囲を眺めて探索や遊びに向かっていきます。

裏切られる否定的な期待

しかし、養育環境が厳しくて、親(養育者)から拒絶されたり、要求を聞いてもらえなかったりすると、子ども側は否定的な期待を作り出していきます。

否定的な期待とは、親(養育者)は拒絶するであろう、自分を批判するだろう、見捨てるだろうとという期待を持ち始めるということです。そういうように予測するということですね。

この否定的な期待を持っていると、「自分は拒絶されるはずだ」、「変に期待しなければ攻撃されることも傷つくこともない」、「むしろ否定的な期待を持っておいて、それが実現したほうが予測可能で安心だ」、という脳の回路が形成されてしまうわけです。

このような期待を持っているので、どうしてもそれが実現してしまうような人間関係が形成されていきます。

心理療法においても

クライエントはセラピストに対して否定的な期待(セラピストは批判するだろう、恥をかかせるだろう、見捨てるのだろう)を抱くことがあります。そして、この否定的期待が実現するようにクライエントは行動する傾向にあります。

この否定的期待が成就することは、苦しく悲しい半面、「やっぱりこうなった」「そうなると思った」という独特の安心感も得らます。そして脳は、このようなやり方で世の中を予測できる、それがこれまでの生存につながってきたのだ、と判断するわけです。

しかし、心理療法の中でクライエントは、自分の否定的な期待に反してセラピストが自分を肯定的に捉えてくれていた、という経験をすることが多くなっていきます。クライエントは否定的な期待が裏切られ続けるわけです。

新しい脳の回路の形成

そしてクライエントはそんなセラピストを信頼し始めます。大脳皮質と扁桃体の新たな回路ができて、安定的なアタッチメントが再構築され始めるわけです。そのようなことが続くことによって、この回路は強くなっていきます。

心理療法においてクライエントは、否定的期待が裏切られる経験を積むことによって、脳の再構築を行っているととらえることができそうです。

 

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