講演依頼
ときどき講演依頼があります。テーマは自由という場合と、だいたい決められている場合とがあります。
この前の依頼は「スクールカウンセラーの資質・能力の向上と学校との連携について」というテーマが決められていました。スクールカウンセラーの人たちが対象の講演です。
教育委員会からの依頼でした。学校の研修というと「教員の資質・能力の向上」だとか「児童生徒の資質・能力の向上」という言葉が多用されます。
「資質・能力の向上」・・・。まあ、これだったら何でも話せるし、どんな研修をしても大丈夫なので便利な言葉なんだと思います。だから「スクールカウンセラーの資質・能力の向上」というのは、いかにも学校らしいテーマです。
考え出すと難しい
簡単に考えて引き受けてしまったのですが、よく考えるとなかなか難しいテーマです。というのも、おそらく大学院では「スクールカウンセラーの資質・能力の向上」にまつわる内容をほとんど教えられていないからです。
教えてもらっていないというと語弊があるかもしれませんが、2年間の修士課程だけでは短すぎて、「スクールカウンセラーの資質・能力の向上」まで教えきれないということです。
コミュニティ臨床を教えきれない
臨床心理士になるには4つの領域の能力が求められます。心理療法、心理アセスメント、臨床心理地域援助(以下、コミュニティ臨床)、研究(修士論文指導)の4つです。
その中でも、三つめのコミュニティ臨床は講義で触れるだけで、その実際を体験するということはほとんどできません。心理療法や心理アセスメントを教えたり修士論文指導をするだけで、大学教員も大学院生も精一杯だからです。
そして、それが現場に出た若き心理職を驚かせることになります。心理職としての資格を得たら、だいたいは組織の中で働きます。そこにはいろいろな職種の人が働いています。すると、いきなり心理教育やコンサルテーションといったコミュニティ臨床が求められることがあるからです。
大学院ではそのことについてほとんど学んでいませんから、「へ?」となるのです。スクールカウンセラーも同じで、どうすればいいのかが分からなくなってしまうのです。大学院であまり学んでこなかったことがいきなり求められて、学んできたことが活用できないという事態に遭遇することがけっこうあるのです。
「資質の向上」は後のこと
もう一つは「資質・能力の向上」ですが、こちらも大学院教育では両方をするのは難しいと思います。大学院では「能力の向上」を目指すだけで精一杯なのです。
「能力」を辞書で引いてみますと、後天的に獲得する知識やスキルとあります。ですから、心理学の知識はもちろん、心理療法や心理検査のやり方、論文の書き方を学ぶというのは、「能力の向上」を目指すことになります。
「資質」とは、生まれつきの性質や才能とあります。変わりにくい面です。音楽家としての資質とかアスリートとしての資質という場合、それは生まれつきの性質を指します。
大学院では「心理職としての能力の向上」を訓練しますが、「資質の向上」まではなかなか目指せないのです。たとえば、Aさんという資質を持った人とBさんという資質を持った人が、同じクライエントに対してWISC-Vを実施した場合、それぞれの資質の違いによって検査結果が変わることはあってはなりません。
どんな資質の人であっても、同じクライエントに同じ心理検査をするならば、同じ結果が出るように訓練する必要があります。それは心理職としての「能力」を向上させることになります。そして修士課程の2年間ではこれをするだけで精一杯なのです。
どうしても「能力の向上」が優先されて「資質の向上」は後回しにされがちです。
スーパービジョンで資質向上
もちろん、「資質の向上」をしないわけではありません。おそらく、大学院の訓練の中で「資質の向上」を図れるのはスーパービジョンの中だけでしょう。スーパービジョンでは、「あなたというセラピスト(スーパーバイジー)」の声のかけ方とかクライエントとの向き合い方、セラピストとしての在り方のようなものが訓練の中心になりますので「あなたの資質」が取り上げられます。
しかし、このスーパービジョンも大学院の2年間だけでは限界があります。ですから、あとは心理職になった後の自己研鑽として、セラピストとしての資質向上を目指していくことが求められます。
スクールカウンセラーの資質?
このように考てみると、大学院カリキュラムと実際の現場で求められることの間にズレを感じることが多くなるでしょう。そのズレは研修や自己研鑽で補っていかなくてはならないのです。
依頼された研修では、スクールカウンセラーの資質として、「スクールカウンセラーの専門的不適応感」、「スクールカウンセラーの磁場」、「スクールカウンセラーの居場所づくり」、「キリン先生と呼びなさい!」などの話をしました。
講演はそれなりの評価を得られたのでよかったです。