授業観察をしていると
スクールカウンセラーをしています。ときどき教室に行って、子どもたちの様子を後ろから観察する機会を得ることがあります。小学校低学年の教室で観察していたある日、次のような出来事がありました。子どもたちは個別に問題を解いていて、先生が机間指導をしているときのことでした。ぼんやりとその様子を眺めている私に向かって、ある子が手招きをして私を呼びました。「先生、ここ分からないから教えて」というのです。そういう場面に遭遇することがあります。
もう一回やってみて、先生、見ててあげるから
そういう場合、私は答えを教えることはありません。答えではなく、やり方を教えるのですが、その前に、まずは「もう一回やってみて、先生、見ててあげるから」と声をかけて、もう一度解くように促してみます。何度やってもできないから私を呼んでいるのですが、私もどこが分からないのかを把握するために、もう一度初めからチャレンジしてもらうのです。子どもは最初からやってみて、私はそばで静かに見守ります。小学生に教える経験はあまりありませんから、私もかなり集中してその子の解き方を見守っています。
あれ?できた
すると、そのまま問題が解けてしまうことがあります。「あれ?できた!」という感じです。さっきまで解けなかったのに、なぜかできてしまったのです。教育関係者あるいは保護者の方々もこのような経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。こちらは何もしておらず、ただ見守っていただけなのですが、それだけで子どもができてしまうのです。教育あるあるの一つですが、このことについて考えてみましょう。
大人と一緒だとできる領域
教育心理学では、子どもが単独でできる領域のその前段階として、大人と一緒だったらできてしまう領域があることが知られています。この場合、大人とは限らず、自分よりできる人であればいいのですが、そういう人と一緒に解いてみると、なぜかできるのです。この領域は、発達の最近接領域などとして知られている領域です。発達の「最近」接領域ではありません。最「近接」領域です。今の発達水準に最も近接しているより上位の領域ということです。この領域に向かって教育がなされるのが理想的だと考えられています。
ただ見守っているだけで
教室の中で、問題が解けないということは焦りや不安を抱かせます。その不安や焦りを防衛するために、心のエネルギーを使わなければならなくなります。ふざけたり、まじめに取り組んでいる人をちゃかしたり、あるいは空想の世界に逃げ込んだりするわけです。そんな時、信頼している親や先生が見守って応援してくれていると、心の中に安心感が広がって、防衛に使っていたエネルギーを勉強に向けることができます。安心感があり、今解いている問題がその子の最近接領域のものであれば、今お話ししたようなことが起きるのだと思います。「安心感」と「最近接領域の課題」の二つの条件が、子どもたちの学びを促進するのです。
先生のおかげでできたよ
ふつう、人から教えられてできるよりも、自力で解けた方がうれしと思います。先ほどの子も「できた!」と嬉しそうでした。だたそれだけではなく、この子は「先生のおかげでできたよ」といってくれました。「先生のおかげ」ということもよくわかっているのです。こちらはただ見守っていただけなのですが、この子にとっては、「先生に教えてもらった」という感覚も含めた経験になっているようでした。「一人でできたし」、「先生も見てくれていたし」、「そんな自分は何かいいな」という感覚も含めて、この子はこの場面を経験していたのでしょう。学びは単に知識やスキルを学ぶだけのではないのです。
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