やる気スイッチを押した瞬間

スクールカウンセリング

リストカットする青年

 ある生徒の悩みを聞きました。主訴は、「進路のことで親と対立している」ということでした。本人はどうしても芸術系に行きたいのですが、親が許してくれないとのこと。親は、「趣味をしたいのなら専門学校に行け!」、「親の言うことをきかないのなら学費は出さない!」という強硬姿勢だそうです。

 本人は自分で生計を立てながら学費を捻出できないかと考えてみたそうですが、到底無理とのことでした。「もうだめだ、芸術系をあきらめないと」。そんなことを考えてると生きる希望を失って、とても悲しくなり、親と言い争いをした後などは、取り乱したままボーっとなって、腕を傷つけてしまうこともあると、そんなことが語られました。

傷を見せてもらう

 本人の葛藤はよくわかりましたが、リストカットも気になります。そこで傷口を見せてもらいました。傷の数や深さなどから、すぐに心理状態を見立てる必要があるからです。その生徒は、ためらうことなく傷口を見せてくれました。そして、私は出された腕の傷をみて、思わず「へー、こんな傷は見たことない!」と驚いてしましました。

見たこともない傷跡

 その腕の傷は、縦のラインがまっすぐと、同じ長さでいくつもひかれ、その上から横のラインが、やはりまっすぐに、同じ長さでひかれていました。しかも、それぞれが等間隔でしたので、正確な碁盤の目のようになっていました。しかも、縦のライン、横のラインとも、始点から終点まで、きれいに同じ長さでひかれているので、全体が四角形の模様のようになっていました。こんな傷跡は見たことがありません。不謹慎な言い方かもしれませんが、なにか芸術性のようなものを感じてしまったのです。そこで私は次のように伝えてみました。

やる気スイッチを押す

 「この傷口を見てごらん。取り乱してボーっとしているにもかかわらず、こんなに正確に縦、横そろえてひかれていて、きれいな模様みたいになっているでしょ。こんな傷跡は初めて見たよ。なにか、芸術的なものを感じるね。あなたは将来、芸術系に進みたいって言っているけど、この傷跡を見ていると、もうすでに芸術家の道を歩んでいるように思う」。

 生徒は自分の傷の模様については全く気づいていないようでしたから、「あー、本当だ!ははは。リスカをほめられたのははじめて!」と嬉しそうにしていました。別にほめたわけではないのですが、私が感じたのは、「あなたはすでに芸術家だよ」ということでした。結果的にこれが生徒のやる気スイッチを押すことになりました。

腹をくくる

 このようなやり取りによって、生徒は腹をくくったようでした。絶対に芸術系に行くと決めたのです。カウンセリングの方は、その後、作戦会議という名で5回ほど続きました。この間、リストカットのことをずっと確認していましたが、全くやっておらず、傷はどんどん治っていました。親の説得にはしばらく時間がかかりましたが、生徒はめげることなく説得を続け、最後は認めてもらえることになりました。そして無事、芸術系の進路に進んでいきました。もちろん、その後、リストカットは全くしていません。

Taking steps

 もうまさにそれを実行する!という準備が整ったサインの一つに、”ステップを踏む(Taking steps)”という状態があります。これは、「やりたいことがあって、でもまだ迷っている」と本人は思っているけれども、少し考えてみると、「すでにやる方向に向けてステップを踏んでいた」ということへの気づきです。「やるかやらないか」から「すでに始めていた、やっていた」という状態にシフトすることです。

 生徒は、「将来、芸術の道に進みたい」といって未来を見ていたわけですが、カウンセリングの中で「すでに芸術の道を歩んでいる」と気づいたのです。そうである以上、この困難にめげていてはだめだとスイッチが入ったのだと思います。

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