予期不安
予期不安という状態があります。これは、不安の対象がけっこうはっきりしています。自分を脅かすあの場面やあの出来事と同じようなことが、近い将来においてまた再現されるのではないか、起ってしまうのではないかという感じです。
一度、パニック発作を起こした人が「また発作が起きるのではないか」と予期して不安を感じたり、上司に叱られた部下が「また叱られるのではないか」と強い不安を覚える、といったものです。
予期不安は具体的
予期不安は、漠然とした内容ではなくて、けっこう具体的に語られます。
「もし、自分を苦しめるあのような場面がまた起こったらどうしよう。」
「このまま何もしないと、自分の心を傷つけたあの出来事と同じようなことが起きてしまうのではないか。」
「こういう条件になったら、このように回避できると思うけど、その条件が整わなかったら、どうなるかわからない」
こんな感じです。
予期不安は思考を活性化する
予期不安の高いクライエントさんは、かなり具体的にこれから起こりうる出来事を、いくつもの場合に分けて考えたり、関係する登場人物の性格や人間関係を事細かに考察したりします。
「ああなったらこうすればよい」、「こうなったら違うことをすればよい」と、来たる未来を予想して、その対処法の開発に余念がありません。とにかく考えて、考えて、考え抜こうとします。
一緒に考えてほしい
そして、その解決策をカウンセラーに聞いてもらって、自分の策に抜かりはないか、ほかにもっと良い方法はないかを点検して、一緒に戦略を練ってもらいたいという高いニーズをもっています。
ですからカウンセラーは、一緒に対処法を編み出したり、作戦を考えたりすることでしょう。
しかし、あくまでも未来のことなので、実際のところは、恐れている出来事が起こるのかも、作戦どおりにコトが進むのかも分かりません。
ほとんどの場合、予測は外れるというのが私の印象です。しかし、クライエントさんは「絶対にそうなる」、「そうなる可能性はとても高い」、「これまでもそうだった」と考えています。ですから、カウンセラーはこのことを否定することはありません。
矛先のスイッチング
話題の向きを変えるで書きましたが、このようなクライエントさんは、話題の矛先が「相手」に向かっているのです。こういう場合は、ある程度のところで、「矛先のスイッチング(切り替え)」が必要になります。
「以前、そのような出来事に遭遇した後、あなたはどのようにしてリカバリーしてきたのですか?」
これが「矛先のスイッチング」です。「相手(=未来)がこうなる、ああなる」から「その場面で、あなたはどうしてきたのですか」に矛先を変えるのです。「あなたがしてきたこと」です。
この質問を新鮮に感じるクライエントさんはけっこういます。なぜなら、予期不安が高まっている人は、「そうならないようにどうするか」ばかりで頭がいっぱいですから、「そうなった後、どのようにリカバリーしたのか」ということは、ほとんど考えていません。
きっとリカバリーしてきたはずなんですけどね。
スイッチングはカウンセラーの役割
リカバリーの方に矛先をスイッチングするのは、カウンセラーの役割です。クライエントさんが一人でできることではありません。
そして、「どのようにリカバリーしたのか?」と訊かれてハッとしても、なかなか思いつかないのもクライエントさんです。
ですから、そこのところは何度も尋ねる必要があるでしょう。ここでカウンセラーは頑張ってもいいと思います。クライエントさんはかならずリカバリーしたはずですから答えはあるはず。でもそれはクライエントさんが自分で引き出すしかありません。
カウンセラーは、「知らない姿勢」で丁寧に聴いていくだけです。そうすると、クライエントさんはだんだんと新しい語りができるようになっていくように思います。
リカバリーのプロセスでしてきたことをたくさん思い出していけると、「もし、これまで考えてきた回避策でダメだったら、そのときはリカバリー策に切り替えていこう」ということで話を進められると思います。
それがクライエントさんに入ると、少し勇気がわいてきて、予期不安は少し和らぐようです。
「問題のスイッチング」
リカバリーのプロセスが思いつかない場合もあります。そんなときは思い切って、ちょっと乱暴な方法を取ることもあります。それは、どうしても回避したい予期不安を実現して、そこからどうリカバリーするのかを一緒に考えていくというものです。
「回避策を豊富に考えることも大切だけども、リカバリー策も豊富に考えておかないと、たとえ今回は回避策がうまくいっても、次にうまくいくとは限らないよね。だからいつも怖がってばかりになるよね」というところでクライエントさんと合意して、そのうえで「ではその怖がっている事柄が起きるのを待ってみよう」、「そして、そうなってからどうリカバリーするのかを一緒に観察してみよう」と切り替えていくのです。
「あえて予期不安が実現するように動いてみたらどうだろうか」という言葉かけをすることもあります。もちろん安全が判断でき、かつ、クライエントさんとの合意が取れた場合のことです。
これは「問題のスイッチング」とでも呼べるかもしれません。「予期不安どおりになるのを回避する問題」を「予期不安どおりなった後のリカバリー問題」に切り替えるわけです。
予期不安の語りからのスイッチング
予期不安の語りにずっと合わせたままにしておくと、あの場合この場合と、際限がなくなります。そして、結局、クライエントさんの不安は解消しないままカウンセリングの時間が終わってしまいます。
「話題の矛先のスイッチング」や「問題のスイッチング」のように、視点を切り替えていくのはカウンセラーの役割になります。