アンガーマネジメント教育
スクールカウンセラーをしていると、学級が荒れている、すぐにキレてしまう子がいて手がつけられない、手が出てしまう子が多いので困っている、という相談を受けることがあります。
このような学級の状態に対して、「アンガーマネジメント教育」をしてほしいと依頼されることがあります。子どもたちがイライラして怒りっぽく、トラブルが絶えないという理由です。
6秒ルールのような具体的なスキルを教えてトラブルを減らそうという目的のようです。しかし、私はこのような依頼を受け付ける前にいくつかのことを確認しておきます。
確認事項
イライラを自覚しているか
子どもは自分がイライラしていたり、すぐにキレてしまうことを自覚しているかどうかです。このような自覚があるということは、怒る自分を振り返ることができているということです。
しかし、自覚がない子がほとんどです。そして、怒りに対して何の自覚もない子どもにアンガーマネジメント教育をしても、ほとんど役に立ちません。時間の無駄です。
「自分は怒りっぽい」、「怒りっぽいことを親にもよく指摘される」といった感覚が子どもの中にあれば、少しは脈ありです。
怒った後、悔いているか
アンガーマネジメント教育が有効に作用するかしないかの分岐点はここにあります。怒りを表出した後、「またやってしまった」という苦い気持ちがあるかどうかです。後悔している場合、怒りをすぐに出してしまう自分に困っているということです。
アンガーマネジメント教育は、すぐにキレてしまうことによって、自分自身が不利益を被っていたり、自分自身がひそかに悩んでいたり、あるいはとても後悔していて、「またやってしまった」という苦い感情を味わっている人に対して有効なものです。
有名な6秒ルール
そして、そのような人が6秒ルールを適用するからこそ、6秒数えるという簡単なことによって気持ちが落ち着いてくるのです。「また後悔して苦い気持ちを味わいたくない」という動機づけをベースにしているわけです。
何の自覚もなく後悔もしていない場合、「怒りに翻弄されたくない」という動機づけもありませんから、そんな人がいくら6秒数えたところで、怒りが鎮まることはありません。「こんなの全然役に立たない」を鼻で笑われるだけです。
逆効果を知る
心理教育には効果もありますが、うまくやらないと逆効果も生みます。このことはアンガーマネジメント教育だけに限ったことではありませんが、特に最近、学校で行われるアンガーマネジメント教育の逆効果が気になります。
逆効果になるのは、上記の確認事項をしっかりと理解せずに実施するところに起因します。そして、そもそもアンガーマネジメントということが理解されていないことにも原因がありそうです。
ある学校にて
ある学級では、生徒が落ち着かず、いつもイライラしており、それがもとでトラブルが頻発していたために、アンガーマネジメント教育を導入していました。
しかし、子どもたちは、「自分がイライラしているのではなく、周りの人がイライラしているだけであり、悪いのは相手だ」と考えていたり、「自分が怒るのは正当なことであって自分は悪くない」と考えていました。
そのため、6秒ルールなどを示しても効果がありませんでした。先生はそれを嘆き、「うちの学級ではアンガーマネジメント教育は役に立たない」と話していました。
子どもたちに怒っていることを気づかせ、後悔させたり不利益を被っていることを自覚させたりする手続きが必要だったのです。それを飛び越してしまったために、うまくいかなかったのでしょう。
逆効果が判明する
役に立たないだけならよかったのですが、この学級では、ポツリポツリと登校を渋る子どもが現れてきました。
その子たちに話を聞くと「怒ってはいけないと授業で習った」、「怒ってはいけないのにイライラしてしまう自分が悪い」という言い方をしていました。よく話を聞いていくと、アンガーマネジメント教育の中で「怒ってはいけない」ということが強調されていたようです。
アンガーマネジメントへの誤解
アンガーマネジメントは「怒りをコントロールする=怒ってはいけない」と安易に受け止められているところがあります。特別授業でアンガーマネジメントを実施するとなると、子どもは「怒ってはいけないんだな」と単純にとらえてしまう危険性があるのです。
しかし、アンガーマネジメントは怒りを「マネジメント」するわけですから、怒りを抑圧するという意味ではありません。必要があればしっかりと表出する(つまり怒る)ことも大事にします。
ただ、怒鳴り散らしたりして怒りを爆発させたり、相手を打ち負かして征服することを目標とはせず、その怒りが相手にしっかりと伝わるようにすることを重視するだけです。
確認事項をアセスメントせず、怒りを押さえつけるようなアンガーマネジメント教育がなされたので(そもそもこのようなものはアンガーマネジメント教育ではないけど)、このような逆効果を生んでしまったようでした。
心理教育の競合
最近では「SOSの出し方教育」といった心理教育がなされることもあります。そして、「怒りを出してはいけない」という間違ったアンガーマネジメント教育もなされています。
こうなると、教育される側は、嫌な気持ちやイライラする気持ちを出していいのか、出してはいけないのか、よくわからない状態に置かれることになりかねません。
心理教育をどのように組み合わせていくのかということは、これからの学校教育の大きなテーマになっていくような気がします。