スマホをなくした!
大学で心理学を教えることがあります。ある時、授業が終わって後片付けをしながら学生たちと雑談をしていました。すると、今にも泣きだしそうな表情で学生がやってきて、「先生、スマホをなくしちゃいました」と不安そうに訴えてきました。顔は真っ青でした。授業が始まる前に、トイレに持って行ったところまでは覚えているらしいのですが、授業が終わってスマホを見ようとしたら、なくなってしまっていたそうです。カバンの中に入っているはずなのに、ないということです。すぐに教務課に行って落し物がないかどうかを調べてもらったそうですが、落し物はなかったということでした。学生はそう言いながら、何度もカバンの中を探しますが、「やっぱりない」と肩を落として途方に暮れていました。
不安と焦りは知覚を狭くする
多くの人も経験があると思うのですが、不安だったり焦っているときというのは、注意力が定まらず、知覚もかなり限定されてしまいます。私はその学生の様子を見ていて、あまりに不安な様子だったので、なくしたと思い込んでいるだけで、うまく探せていないのではないかと思いました。そこで、隣にいた学生に、持ち物をすべて出して確認してもらうことにしました。すると、無事にスマホは見つかりました。ノートの間に挟まっていたのです。よかったよかった。でも、話はこれでは終わりません。
え!今度は落としたの?
翌週の授業の後、このスマホをなくした学生がまたやってきて、「先生見てください、スマホがこんなことになってしましました」と言って見せてくれました。今度はスマホを落としてしまったらしく、画面がクモの巣上になっていました。「もうダメですね、寿命ですね」とこの学生はまたしょんぼりです。
モノがこころを表現している
先週はスマホをなくし、今週は、スマホが壊れかけています。コミュニケーションツールの代表格であるスマホがなにか痛めつけらえているように感じました。そこで、学生にこんなことを尋ねてみました。「〇〇さん、スマホって、コミュニケーションツールだよね。それが立て続けにおかしくなっているってことは、あなたは、もしかすると、大切な誰かとのコミュニケーションを失いかけていたり、壊れかけていたりしない?」。すると、学生はギョッとした表情で目を見開いて「なんで分かるんですか!」と驚いていました。就活で忙しい恋人との連絡が取れず、関係が壊れる寸前だったようです。このことはだれにも言っていなかったそうで、この指摘にびっくりしたそうです。
身代わりになってくれているのかもね
スマホが壊れかけているだけでなく、恋人との関係も壊れかけているということです。秋の夕日にぽつんと照らされたその姿は、とてもさみしいものがありました。ただ、まだ関係が壊れているわけではありません。そこで、「あなたのスマホが、恋人との関係に関して、あなたに何か訴えかけているとしたら、どんなことを伝えてくれていると思う?」と聞いてみました。じっと考えていたこの学生は「自分が身代わりになるから、ちゃんと言いたいことは相手に伝えた方がいいよって、そう言ってくれているのかもしれませんね」とのこと。「スマホが身代わりになってくれる?」「はい。ふられて私がやばくなったときは身代わりになるから、自分の寿命が切れる前に、ちゃんと伝えなって言ってくれているみたいです」と目に涙をいっぱい浮かべて答えてくれました。「そうだね、大切なスマホがあなたの身代わりになってくれているのかもね」と私も伝えました。
先生、別れました
それから2週間ほどしたでしょうか。この学生が「先生、別れました」と伝えてくれました。とにかく言いたいことをしっかりと言えたのでこれでよかったと、とてもすっきりした表情でした。そして、しっかりと伝えた翌日、スマホの電源は入らなくなっていたそうです。この学生も私もそうなるのではないかと思っていましたので、「やっぱりね」と、とても納得しました。この学生は、その後も元気に登校し、卒業していきました。
無意識は語る
無意識というのは、こんな形で私たちに自分の声を届けようとします。無意識の声ですから、私たちはそれを聴くことはできません。しかし、無意識は、モノを通して、状況を通して、昆虫や動物を通して、私たちの意識にかすかながらに訴えかけてくれています。カウンセラーは、クライエントの言葉だけでなく、このようなことも察知しようとして、常に耳を澄まして聴いています。
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