スクールカウンセラーの学校不適応
スクールカウンセラーは常勤職ではありません。非常勤でいくつもの学校を掛け持ちしているのが普通です。
そのため、それぞれの学校で働けるのは、週に1回とか月に1回とかです。学期に1回ということもあります。ですから、学校で起こっていることや、学校の先生の名前、その人間関係などがよくわからないまま仕事をしています。
いつもオドオド、ビクビク。そしてウロウロ、キョロキョロして過ごしています。とにかく居心地が悪いです。スクールカウンセラーは、そういう学校不適応状態で過ごしています。
専門的不適応ということ
学校不適応状態ですから、周囲への警戒心が強くなり、常に周囲の変化に対してアンテナが高く張り巡らされた緊張状態です。その緊張は過覚醒をもたらします。
しかし、それが悪いわけではありません。そのスクールカウンセラーの不適応は、不適応的な子どもと波長を合わせたり、微妙な変化を察知する手掛かりにもなっていたりするからです。私はそれを専門的不適応と呼んでいます。
この専門的不適応をどのように活用するかということは、私にとっての実践的なテーマになっています。
相談室までの付き添い
相談室には一人で来る子もいますが、先生が連れてきたり、保護者と一緒だったりとさまざまです。ときに、友だちが一緒についてきてくれたりする場合があります。
友だちや先生が連れてくる場合、入り口までは一緒に来ますが、入室するのは相談がある子だけです。付き添いの先生や友だちはそのまま帰ってしまいます。
一瞬だけ注意を引くこと
ある時、相談があるという子が、友だちに付き添われてやってきました。よくあるように、この付き添いの友だちは入り口までやってきて、すぐに教室に戻っていきました。
しかし、この付き添いの子に対して、私は一瞬「おや?」思いました。
その付き添いの子は、空いた扉からちらっと相談室の中をのぞきこんだのですが、その一瞬の真剣なまなざしと身体の緊張が、ちらっと気になったのです。
ただ、その子が相談に来たわけではありません。付き添ってきたその子はすぐに教室に戻っていきましたし、相談に来た子をメインに対応しますから、その時はそのままになってしまいました。
それから3週間後
ところが、3週間後に学校に行くと、相談に来た子よりも、付き添って来た子の方が大きな問題を表出していました。
私はそのことを何となく察知していたのだと思います。「ああ、あの付き添いの子か!」とどこか納得してしまいました。「そういえば、あの時、一瞬気になったんだ」と思い出したからです。
察知しただけで忘れる
このように、スクールカウンセラーがチラッと気になることの中には、重大なこと(ネガティブなことが多い)を察知していることがしばしばあります。
おそらくスクールカウンセラーだけが特別に察知する力があるわけではなく、保護者や先生たちも同じような力を発揮していると思います。スクールカウンセラーと同じく、その表情やしぐさから察知しているのでしょう。
しかしそれは、チラッと感じることですから、日常の忙しさの中で見過ごされたり、優先順位が高くないのでそのまま忘れられたりすることがほとんどだと思います。
察知したことを言葉にしてみる
保護者や先生たちと違ってカウンセラーは、自分の心が察知していることを一つの情報ととらえて、その意味を吟味しようとします。察知したことに気づこうとする構えや、チラッと感じたことに注意を向けようとする面では、保護者や先生とは少し違うと思います。
ですから私は、カウンセリングをした生徒のことを担任に報告したり、その子の情報交換をするときには、「そういえば、送って来てくれた子の相談室をのぞき込むような真剣なまなざしが、ちらっと気になったんですよね」などと、雑談風に伝えてみることがあります。
すると、担任は「ああ、やっぱりそうですか!」とか「実は私も気になっていたんです。でも確信が持てなかったんですよね」という具合に話が発展していくことも少なくありません。「どうしてわかったんですか!」と驚かれることもあります。
空振りもあるけど
「えーあの子ですか?」とか、「いや、あの子は大丈夫ですよ」と言われて、たしかに空振りだった、ということもあります。
しかし、私は、自分の心が察知した一瞬の「あれ?」「ん!」ということは、できるだけ丁寧に言葉にして伝えようと考えています。空振りでもいいのです。
そのことは注意喚起になるでしょうし、現場はスクールカウンセラーの目から見えていることを伝えてほしいとも思っていますから、連携を促進することにもつながると信じています。
自分の心に引っかかったもの対して敏感であるために、スクールカウンセラーは、やはり過覚醒くらいの状態で学校にいることが大切なのかもしれません。

