3種類とは
『why therapy works』によると、われわれが使う言葉には少なくとも3種類あるようです。一つ目は「社交のことば」、二つ目は「内なる対話」、三つは目は「自己省察的なことば」です。
社交のことば
「社交のことば(reflexive social language)」とは、挨拶や決まり文句、社交辞令のような少々過剰な反応を伴って発していることばです。「こんにちは、お元気?(元気だよ!)」、「この前のプレゼン良かったねえ!」、「あら!少しおやせになったんじゃない?」といったやり取りです。
社会的な交流を促進するようなことばで、反射的になされるものです。
これは、私たちが他人とかかわるやり方を教えられてきたことが反映していているとのこと。ですから、このことばを使うことによって、私たちはグループの規範に合うようになっていきます。
学校では規範を教えますが、それはまずは挨拶からです。挨拶や社交辞令ができるということは、規範に沿うスキルとして重要なんですね。このことばは、左脳とのかかわりが深いと考えられています。
内なる対話
「内なる対話(internal dialogue)」というのは、たいていは恐怖、疑い、恥によって生み出される否定的なトーンのことばです。あくまでも私的なもので、単一の声として経験されます。
「こんな自分でよいのだろうか」、「このズボンをはくと太って見えるかな」、「こんなことではまた嫌な顔をされるかもしれないな」といったものです。自信を損なうような内なる声であり、他人の噂話をするような批判的な声でもあります。
内なる対話は、親が敷いたレールの上に私たちを乗せ続けておく働きがあると書かれています。
幼少期にわれわれは、「どうしてそんなことをしたの?」、「なんでできないの?」、「だめでしょ!」、「そうじゃなくてこうでしょ!」といったことばを浴びせられることが多くなりますが、それらは内なる否定的な親の声として内面化されます。
それが、「こんな自分でよいのだろうか(いや、よくない)」という形で残るがゆえに、その内なる対話は、幼少期に親が敷いたレールの上にわれわれをいつまでも乗せ続けるわけです。
この内なる対話は、放っておくと(つまり、他者が不在という状態が続くと)、ほとんどネガティブなものとなります。おそらく他者から孤立していくということは、自らの生存にとって危険な状態ですから、脳は危険信号を発して警告しているのでしょう。
この状態から素早く脱して、気持ちを切り替えられるのが、社交的なことばとそれを使うような場面です。私たちは、他者と一緒に何かをしているというだけで、社交的なことばを使う頻度が高まりますが、これは心の健康にとってとても大切なことなんですね。
自己省察的なことば
「自己省察的なことば(self-reflective language)」は、社交的なことばや内なる対話の流れから離れて、内省できる静寂の中で用いられる、思慮深い考察をしているときのことばです。心理療法の中でセラピストに話しつつ自らを振り返っているようなときには、この言葉が使われやすくなります。
このことばを使っている時、私たちは、自分の経験を客観的に見て、現実検討能力も十分に機能している状態の中にいます。この現実検討能力の働きをよくすることは、心理療法にとって目指すところでもあります。
「自己省察的なことばを使って物事を考える」という学びが進むにつれて、私たちは他者の期待や幼少期の親のことば、そして文化の要請に従うかどうかを自ら選択できるようになっていきます。つまり、以前よりも主体的に自らの人生を選べるようになるわけです。