スモールステップ
教育現場でよく使われる言葉に「スモールステップ」というものがあります。行動のレパートリーが少ない子どもを支援するとき、「こういう行動ができるようになってほしい」などと目標を設定します。
そして、その目標の姿にたどり着くまでの段階を小さく区切って、小さい歩み、小さい成功体験を積ませて成長を促そうというときに使われる言葉です。
右肩上がりの発想
このスモールステップには、暗黙の前提があります。それは、「子どもの成長は右肩上がりに伸びていく」という発想です。「これができたら次はこれ」と階段を上るように、一歩一歩と進んでいくことで、目標の姿にたどり着けるわけです。
確かに、そういう歩みを進むことはあるでしょう。しかし、発達や学習のすべてが右肩上がりに進んでいくわけではありません。
むしろ、学ぶからわからなくなる、発達するからできなくなるということもあります。
ある実験
このことが分かるある実験があります。その実験とは次のようなものです。
子どもの目の前で、同じ大きさの二つのコップAとBを用意します。そして二つのコップに同じ量の水、同じ量の砂糖を入れて、砂糖水を作ります。次に、コップBの水を二つに分けて、B1とB2にします。そして、調査対象者の4歳から12歳の子どもたちに次のように尋ねます。
「Aの砂糖水B1の砂糖水とではどちらが甘いと思う?」
発達のU字曲線
もちろん答えは「同じ」です。4歳児の正答率は75%くらいでした。ところが、5歳児になると55%、6歳児になると40%という具合に正答率は下がっていき、8歳児では10%しか正解できなかったという調査結果となりました。
そして、9歳児では正答率が25%に上がっていき、10歳では45%、11歳では75%となり、12歳ではおそよ80%の子どもが正解となりました。
4歳から8歳までは正答率がどんどん下がり、8歳から12歳にかけてはぐんぐん高くなっていくので、U字のような正答率になるので、これをU字曲線などと呼びます。
なぜこのような結果に?
なぜ、このような結果になるのでしょうか。それは、子どもたちがどのように回答したのかということを調べるとわかります。
4歳児では「砂糖水だから同じ」、「二つとも甘いから同じ」という答えでした。しかし、発達が進むにつれて、「B1の方が砂糖は半分になっているので、B1の方が甘くない(Aの方が甘い)」と考えてしまうようです。
発達するにつれて量の概念が形成されていくので、そのように考えられるようになっていくのですね。ただ、水の量も減っているということまでは考えられないようで、それが間違いを引き起こすわけです。要は難しく考えすぎてしまうわけです。
そして、学年が上がるにつれて、水の量と砂糖の量を合わせて考えているような回答になっていきます。正答率は4歳児も12歳児もあまり変わりませんが、回答の質は全く異なるわけです。
ミニバスでの保護者の話
スポーツの分野でも同じようなことが起きるのではないでしょうか。ある人から次のような話を聞いたことがあります。
その人の娘さんは、小学校2年生からミニバスケットをやっていました。その当時、試合をさせると、まるでラグビーでもやっているかのようにボールを奪い、猪突猛進、ゴールを目指して点数を決める、というような試合展開だったそうです。
消極的で下手になったような・・・
ところが、練習を重ねて、戦術やポジションの役割などを教えてもらうことによって、急に下手になっていったそうです。
というのも、「そのままドリブルをしてシュート!」という場面でも、急に後ろの味方にパスをしたり、自分がボールの近くにいるので取りに行けばいいのに戸惑って取りにいかないなど、プレーが消極的になっていったからです。
だから、応援している側とすると、娘が以前よりも点数が取れなくなり、下手になっているのではないかと思っていたそうです。
ところが高学年になると
ところが高学年になると、チームプレーができるようになり、チームのメンバーが有機的にそして機動的に動けるようになっていきました。以前のようにラグビーのような試合運びではなくなりました。
バスケットらしくなって、見ていて面白いのです。以前よりも一段も二段も上達していたわけです。
学ぶから、できなくなる
「学ぶから、成長するからできなくなる」ということがあるのです。練習をすればするほど難しく考えてしまったり、うまく動けなくなって消極的になっていくこともあるようです。それは一時期のことです。それを超えると、もっと違った次元で上達するのですが、そのような過渡期の現象があるのですね。
「ヒトの成長は右肩上がりに高まっていく」だから「スモールステップが有効」という発想は間違っていないと思います。しかし、その発想だけしかないと、子どもたちができなくなった理由を、「努力が足りない」、「学びが足りない」と考えてしまうかもしれません。
教育者や指導者の人たちには、発達のU字曲線のことも知ってもらいたいと思っています。そうすれば、本人の言い分を聞いてあげる、少し待ってあげる、見守ってあげるということもできるようになっていくのではないでしょうか。ヒトの発達はなかなか奥が深いものです。
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