長いかかわり
カウンセリングは、時に非常に長い時間をかけてなされることがあります。1回50分のかかわりを1セッションなどと言いますが、このようなセッションを10回とか100回とか、あるいはそれ以上続けることもよくあります。
停滞の中で
長期的なかかわりになっていくときは特にそうですが、語られる内容にあまり変化がなく、同じような話が繰り返し繰り返しなされることもあります。カウンセリングが停滞しているように感じることもしばしばあります。
そんなときカウンセラーは、自分よりベテランのカウンセラーに相談して、自分のカウンセリングをチェックしてもらい、助言を得ることがあります。スーパービジョンというものです。
そのスーパービジョンを通して、自分の見えていなかったクライエントの特徴やうまくいかない理由などが明らかになって、カウンセリングを仕切り直すこともできたりします。
さらに停滞の中で
しかし、スーパービジョンを受けたからといって、カウンセリングが仕切り直せるとは限りません。場が停滞した雰囲気で満たされたり、ただ時間だけが過ぎていくという感覚になることもあります。
こんなときは、セッションとセッションの間隔を広げたり、言葉ではなく、箱庭を使ったり描画を使ったりと、いろいろと手を尽くします。そして、「それはそれでよかった」と評価するクライエントさんもいますが、その効果もすぐにしぼんでしまいます。
「待つ」ということ
カウンセリングでは、「待つ」ということに高い価値をおいています。人はすぐには変われないからです。そのことは、クライエントさんも分かっている人が多いのだと思います。だから、停滞の中でも、通い続けてくれるのでしょう。
さて、それではカウンセラーあるいはクライエントさんは、いったい何を待っているのでしょうか。
未来を待つ
「待つ」という行為は、現在と未来に関わる行為です。しかし、その未来は、「合格発表を待つ」、「相手からの返事を待つ」、「春の訪れを待つ」といった「待つ」ではありません。
これらは、ほぼ必ずやってくる未来だからです。受験をすれば合格発表はあるわけですし、冬が終われば必ず春はやってきます。こういう予測できる未来を待っているわけではありません。
クロノス的時間
カウンセリングをしていると、時間には二種類あることに気づかされます。一つは、時計で測れるような時間です。過去から現在そして未来へと一直線に向かう時間です。機械的、客観的に、常に一定の速度で続いていきます。専門的には、クロノス的時間(chronos)などと呼ばれます。
時刻(clock)や慢性的な(chronic)という言葉は、このクロノスから派生してできたようです。「1週間後の合格発表を待つ」という時間の長さは、誰においても平等です。そのような時間です。クロノス的時間の流れは元に戻せません。取り返しのつかない時間、再体験できない時間でもあります。
カイロス的時間
もう一つは、カイロス的時間(kairos)です。こちらは、個人的で主観的な時間と言われるものです。「1週間後の合格発表を待つ」という場合、その待っている1週間を、とても長く感じる人もいるでしょうし、あっという間の1週間だったという人もいるでしょう。
時の流れは一定としても、それをどのように感じるかはかなり個人的で主観的です。このように主観的に感じる時間をカイロス的時間といいます。
カイロスは前髪だけ
カイロスは、「切断する」という意味のギリシア語に由来するそうです。カイロス的時間は、クロノス的時間が切断されて、これまでとは違った何かが生まれるような「時」を表すのでしょう。
それは、チャンスであり、絶好の機会という感じです。
岩村太郎先生という大学の先生の論文によりますと、カイロスはギリシア神話に登場する神で、前髪は長いけれど後頭部は禿げた美少年らしく、両足には翼がついているそうです。なかなかの容姿です。
カイロスをつかもうと思っても、躊躇したりモタモタしてその前髪をつかみ損ねたら、直後に後ろ髪をつかみ直そうと思ってももう手遅れです。両足の翼をつかって、ものすごいスピードで過ぎ去ってしまうからです。
もし、その一瞬の好機をうまくつかむことができたならば、そこから「時」が変わって人生が大きく変わっていきます。そういう時の訪れという意味がカイロスにはあります。
ひょんな事
岩村先生によると、太宰治が『チャンス』という短い小論を残しているそうです。そのチャンスの説明がカイロスをとてもうまく言い当てているそうです。
太宰のいうチャンスは、「ひょんな事」、「ふとした拍子」、「妙な縁」、「もののはずみ」といった、これまでのクロノス的時間が切断された「時」のことを言います。どうやら、これまでとは違う新しい物語や新しい時空間が現れる「時」に関係しているようです。
それは計画や意図できない、偶然に期待するような「時」です。そもそも計画や意図は「偶然」を排除するためになされるクロノス的時間に基づいています。
停滞の中での「待つ」
カウンセラーそしてクライエントさんが停滞の中で待っているのは、「カイロス的な時の訪れ」です。面白いことに、それは必ずと言っていいほどやってきます。止まっていた時間が動き出した、人生が好転していく、開けていくといった感覚になります。
何か良いことが起こりそうだなという気配、チャンスが訪れるのではないかといった予感めいたものへの感受性が高まり、そこに、ひょんな事が起こったり、ふとした拍子に人生が開けたりしていくことも多いものです。
神様の意思というか、そこに何かスピリチュアルな意味を見出したりするクライエントさんも少なくありません。