クライエントに対する構え
アクティブな構え
カウンセリングの中でクライエントさんの話を聴いていくときの構えというものがあると思います。
代表的なものは、積極的に問題を捉えてそれを治していこう、解消していこう、というアクティブな構えです。認知行動療法などはアクティブな構えだと思います。
どんなことに困っているの? その状況は? どんな出来事だったの?
そのときどんな感情だった? その感情は何%くらいあった?
その出来事の中でどんなことを考えていたの? その考えに歪みはない?
もう少しバランスの良い考え方ってどのようなものだと思う?
バランスの良い考え方をすると気持ちは何%くらいになると思う?
こういうことを積極的に尋ねていきます。
もちろん、クライエントさんのペースに合わせながらということになりますが。心理教育も合わせて行われていくことが多いと思います。
これは、自分の考え方を考えるというメタ認知を必要としますので、頭を使います。自分の問題に向き合って考えたいという人には効果的です。
パッシブな構え
もう一つはもっとパッシブ(受け身的な)構えです。クライエントさんは自分の話したいことを思いつくままに話します。カウンセラーは話されることを傾聴します。
話される言語的なコミュニケーションだけではなく、話し方やその時の表情や身振り、間のおき方、言いよどみなどの非言語コミュニケーションにも注意をむけます。
カウンセリングルームという安全な場所の中で、守秘義務に守られて、自分のペースで好きなように話せる場です。
話をしながらクライエントさんは自分の話したことを振り返ります。そして洞察が深まっていくという感じで、自分というものへの理解が深まっていきます。
このようなカウンセリングでは、今よりもう少し生きやすい生き方を模索する人が多いように思います。
ただ一緒に過ごす
学校でのスクールカウンセリングでは、アクティブ型もパッシブ型も使いますが、なかなかコトが運ばないことも多いものです。たとえば、場面緘黙の子どもを学校で対応するというとき。
本人は話しませんので、非言語コミュニケーションを豊かにすることを考えたり、言語以外の表現のチャンネルを探したりします。
粘土、折り紙、絵、ボードゲームなどをしながら、ただ一緒に時間を過ごしながら、時が熟すのを待つという感じです。そういうときが来ると信じて。
次第に条件が整ってくる
小1のA君は場面緘黙。環境を調整したり支援員さんを配置してもらったりして対応していました。A君は一人で登校できないのでお母さんが付き添って朝の登校をしていました。
朝はお母さんと離れることができず大泣き。何とか引き離したり、時には授業にお母さんも参加したりしながら、学校に慣れてもらうような対応をしていました。
でも一進一退を繰り返していました。そうしながら、次第に学校には慣れていきましたが、朝のお母さんと離れることはなかなかスムーズにはできませんでした。
お母さんもA君と離れることがなかなかできませんでした。大泣きしているわが子を残して学校から立ち去るというのはお母さんにとっても大変だったと思います。
ある日を境に
3学期のある日。幼稚園に通う妹のお遊戯会がありました。お母さんはこれには絶対に参加しなければなりませんでした。遅れることはできません。いつものようにA君の朝の送りの時間に学校でモタモタしていると間に合いそうにありません。
そこで、何日も前からA君には「この日は絶対にすぐに帰るからね」と言い聞かせていました。
そして当日。お母さんは絶対に早く家に戻ると覚悟を決めていました。
学校の昇降口へ。このあたりからいつもは泣いてしまうA君ですが、その日は何事もないかのごとくスッと一人で教室に行ってしまいました。昨日までのグズグズした姿とは全く違います。
そして、その日を境に泣くことはピタッとなくなりました。こういうことは比較的よく起こります。何がうまく作用したのかは分かりません。
時が熟す
お母さんや先生たちの努力、A君の学校に対する安心感、周りの人との信頼関係、そういうものが熟していって、お遊戯会というコト、お母さんの覚悟が作用して、何かが昨日までとは大きく変わってしまうのです。
人の発達は連続的になされつつも、時に非連続にポンと変わってしまうことがあります。時が熟した結果というような変化です。
アクティブに関わったり、パッシブに関わったり、そして時が熟すのを待ったりしながらカウンセラーは話を聴いているのだと思います。
カウンセリングには時が必要なのだと思います。
