逆説的介入
逆説的介入というのは、問題行動を解決しようとしているクライエントに対して、その問題は役に立っているからやめてはいけないと、むしろ問題行動をやり続けるように指示を出すことです。
例えば、子どもが非行問題を起こしていたとします。万引きをしたり、たばこを吸ったり。そしてそのたびにバレてしまって指導を受けます。
指導を受けたら反省した様子を示しますが、やっぱりやってしまいます。どんな指導をしても問題行動は収まりません。
そんなわが子に両親は困ってしまって、相談にやってきました。父、母、子どもの三人です。
話を聞いてみると
話を聞いていくと、この両親は不仲で離婚の危機が迫っているようでした。しかし、今は息子の非行問題があるので、いったんこの問題は棚上げになっているそうです。離婚どころではないと話しています。それほど困っておられました。
ピンとくると思いますが、この息子の非行問題は、両親の不仲をいったん棚上げさせていると考えることができそうです。
息子にそのつもりはなかったとしても、息子の非行問題が夫婦の不仲をそれ以上悪化させないようにして、夫婦を団結させる働きがあったようです。息子の問題行動が夫婦の仲を取り持っているわけです。
介入
夫婦関係が険悪になったときに息子の非行が起こると聞かされた両親。言われてみればそんな気もします。
そしてセラピストは、息子に対してこういいます。「君は非行問題を起こして両親の不仲を解消させ団結させているのだから、その行動はご両親のためにも続けた方が良いよ」
すると、両親も本人もいろいろと考えることもでてくると思います。
「やめなさい」と専門家から叱責されると思っていたのに、むしろ積極的にやれと言われると、逆にやりにくくなるでしょう。
しかし、このような介入の場合、「セラピストがいいといったからやった」と言って、ますます非行行動をエスカレートする人も当然でてきます。
逆説的介入への批判
このような逆説的介入は、反社会的行動を勧めるわけですから誰かに迷惑ががかってしまいます。そもそも息子も悪者になってしまいます。
そこで、こういう反社会的で誰かが悪者になるような逆説的介入は、今ではしなくなっています。ただ、この発想は今でも十分に役に立つと思います。
そういう話をある研修会で聞きました。ではどのように考えればいいのでしょうか。
協働性>変化
クライエントは問題を語ると思います。今の自分から変わりたい、今のままではダメだ、周りからもダメな奴と思われているに違いない、という思いもあるはずです。それをどうにかしようと思ってセラピーにやってきています。
当然、セラピストからも何らかの指導を受けたり、お叱りを受けたり、批判的なことを言われたりするだろうなどと、心のどこかで考えているかもしれません。
しかし、クライエントは自分を認めたいし肯定したい思いもあるでしょう。変わると言っても時間はかかりそうですし大変そうでもあります。できれば今のママが良いという思いもあるかもしれません。この両方が天秤に乗せられているものです。
変わるも変わらないも
ですから、この自分を認めたいという想い、つまり「ダメだけど仕方がない」「自分なりに努力してきた」という思いにも肩入れしてあげたいものです。
その時に、どのような考え方ができるでしょうか。
・これまでのことを考えれば、問題の出現は当然のことである
・問題が発生していなかったら事態はもっと悪くなっていたはず
・早急な問題解決はむしろ危険である
・現在まで問題に対処できている。今はそれでいいのではないか。
これはノーマライズにも似ていますね。このような発想が現代の逆説的な対応のようです。「自分は変わらないといけない(けど無理だろうな)」「変わるべきである(けど自分なりに頑張ってきたし)」と考えている人に、変わってはいけない、変わることの危険も考えておかなくてはならないと介入するわけです。
マイルドになりましたね。こうすることによって、変化よりも協働性を高めるのです。クライエントは変わるのも良し、変わらないのも良し。セラピストはクライエントにジョイニングしてついていきながら、どちらになるかはクライエントに任せます。
これは効果が大きいことがあります。変わりたいということであれば、変わるための作戦会議をする方向に進んでいけばいいのだと思います。

