お調子者
スクールカウンセラーをしているといろいろな子どもたちに出会います。
中2だったA君は不思議な感じの男の子でした。4月か5月のこと。初めて勤務する学校の相談室でわたしは事務作業をしていました。すると、ノックもせずスーッと静かに入ってきてのがA君でした。
私のことには目もくれず、相談室の棚を開けてはのぞきこみ、そしてまた次の棚に向かうという具合に、部屋のすべての棚や引き出しを開けては閉めてを繰り返していました。
さすがに私の座っている机の引き出しには手を付けませんでしたが、静かにゆったりと(優雅に?)ふるまう様子に、私はあっけにとられて動けませんでした。
そして、彼は何もなかったように部屋を出ていきました。
「不思議な子だな、少し自閉スペクトラム症の感じがする子だな」と思いましたが、それだけでした。
女子軍団の登場
そんな出来事を忘れたころ、女子生徒4、5人が相談室にやってきました。その中の一人がストーカー被害にあっているので助けてほしいということでした。
どういうことなのかと話を聞くと、ある男の子からの付きまとい行為をされているそうです。
ストーカー被害
付きまとい行為というのは、登校したら昇降口で彼が待っている、帰宅の時も待っている、彼女が音楽室に移動していたら音楽室の前で待ち構えている、という具合です。
「止めてほしい」と彼に言ってもやめてくれないそうです。そのしつこさに困ってしまっているようでした。深刻度はそれほどでもなさそうでしたが、被害にあっている子はちょっとうんざりしている様子。
ということで、その男子が誰なのかという話になったのですが、それが例のA君でした。私の印象では、A君はそんなことをするような感じではなかったのですこし違和感を覚えましたが、”しつこさ”というのはあり得るかな、とも思いました。
自閉スペクトラム症の子は「こだわり」が強く、人にこだわることもありますから。
この相談をまだ先生たちにはしていないということなので、先生たちにも相談すること、そして自分も何かできそうなことがあるか一緒に考えることを約束して、まずは状況を調査することにしました。
先生たちに相談
先生たちに事情を話して、「A君とはどういう子なのですか?」と聞いてみました。するとA君は友だちは多くクラスの中ではお調子者だということです。「お調子者?あのA君が?」と意外でしたが、どの先生の評価もおおむねそのようなものでした。
ストーカー被害にあっている女の子の方は、男子にとってはあこがれの存在であろうとのこと。高嶺の花ということで、こちらも先生たちの評価は一致していました。
お調子者とは?
A君がお調子者というのはどういうことでしょうか。それを尋ねてみると、周りから乗せられるとそれに乗っかって場を盛り上げようとする、ということです。「乗せられるとバカなこともしがち」ということです。
先生たちも調査をしてみるということでしたので、お願いしました。
調査の結果
すぐに次のようなことが分かりました。どうやらクラスの男子たちがA君に対して、「おまえはあの子(=被害女子)のことが好きだろう、だからコクれコクれ(告白せよ)」とはやし立てたようです。
A君はその気はなかったようですが、周りからしつこく言われるので次第にその気になっていき、そして彼女に告白することにしたそうです。
告白するためには、二人きりになるシチュエーションが必要です。そこで、あの女子軍団も一役かって場を整えるのを手伝ったようです。みんな遊び半分、興味半分。一大イベントになっていたようでした。
結局A君はあっさりふられて、それでその話は終わったそうです。しかし、なぜか、そこからA君の付きまとい行為が始まったようでした。どうも流れがつかみにくいストーリーです。何かを補って考えないといけないなと思いました。
女子軍団との面接
おおよそ、そういうことが分かりましたので、再度女子軍団と話をして、何があったのかをもう少し詳しく尋ねてみました。
被害女子も女子軍団も、A君が好意を寄せてくれたことは良いとして、しかしふったのにしつこくしてくるのは気に入らない、我慢の限界であるということでした。
「ふったにもかかわらず、なぜA君はしつこくなったと思う?」と尋ねても、皆、理由は分かりませんでした。A君は何を求めているのでしょうか。
もっと細かく聞いてみると
そういう話をしていくと、だんだんと状況が分かってきました。
(私)「A君はあなたにどうやって告白したの?」
(被害女子)「僕と付き合ってくださいって言われました」
(私)「で、あなたは何と答えたの?」
(被害女子)「ムリだと思ったのでそのまま。ちょっとムリって言いました」
この会話でピンとくることがありました。
(私)「A君はしつこく付きまとっているんだけど、どういうことを言ってくるの?」
(被害女子)「ねーね、”ちょっとムリ”ってどのくらい?ってきいてきます。」
ちょっとムリは全部ムリ
本心は「全部ムリ」だったようですが、A君を傷つけないようにやんわりと「ちょっとムリ」と言ったそうです。少し表現を和らげて伝えたんですね。
しかし、もしかするとこのあたりに原因があるかもしれません。おそらくA君は「ちょっとムリ」という言葉を「ちょっとムリなんだから、もうちょっとでOK、あとちょっとで付き合える、ちょっとってどれくらいだろう」と受け取ったのでしょう。
「高嶺の花にもうちょっとでたどり着けそうだ」という気持ちになったのかもしれません。そう考えると確かに気になるでしょう。
”ちょっと”ってどれくらい?
このような話は自閉スペクトラム症の子やその保護者と会っていると比較的よく出てくる話題です。「もうちょっと頑張って」「その辺に置いておいて」「適当に座って」といったあいまいな表現が分からず、それがストレッサーになってしまうのです。
「ちょっとあっちに行って」などと言われると解釈不能になってしまうこともあります。
「全部ムリ」と言おう
そのような推測ができましたので、もう一度、しっかりと”ムリな気持ち”を伝えた方が良いという話になりました。
そこで「全部ムリ」ということをハッキリ伝えた方が良いだろうと助言してみました。すると彼女たちは「えー!いいんですか!」「カウンセラーってそんなこと言わないと思っていた」と顔を見合わせていました。
そんなこと私も普段は言いませんが、お互いのためにははっきりさせた方がいいように思いました。彼女たちもうすうすは気づいていたのですが、はっきりと伝えることに踏ん切りがつかなかったようでもありました。
解決しました
その後、彼女たちはうまくやったようでした。解決しましたとのこと。
もう一度はっきりと「ちょっとじゃなくて、全部ムリだから」と伝えたそうです。彼は「そうか、分かったよ」といってくれて、それっきり付きまとい行為はなくなったそうです。
彼も普段通りに生活しているようでした。
かなり昔の話です。
