あるクライエント
抑うつ感が強く日常をうまくこなせないという青年が来談しました。この青年によると、気分の落ち込みがひどく、特に夜になると孤独を感じてしまって、状態はますますひどくなるということです。
この青年は、日中はこのくらいだけど,夜になったらこれくらいになると,手を上下させながら,その落ち込み具合を説明してくれました。
気分が高いときには手は上に上がり,落ち込むと手のひらは下にさがります。私はこの青年が、ブリーフセラピーでよく使われる「スケーリング」を利用して、自分の症状を説明しているのだと思いました。
スケーリング・クエスチョン
そこで、「最悪な状態を0、とても調子の良い状態を10とした場合,夜はいくつくらいになるの?」と尋ねてみました。
青年は、最悪のときはマイナス(-)5で,普通のときは0,調子がいい時をプラス(+)5にした方が考えやすいといいました。そこで、その尺度(スケール)で話を進めました。
青年のスケーリング
青年によると,日中は-1くらいだけれども夜は-4あたりまで落ち込むそうです。そこで,最悪の-5ではなくて,-4である理由を尋ねたところ,学校の成績が少し上がったからだといいいました。
なぜ,気分が落ち込んで日常をうまくこなせないにもかかわらず,学校の成績を上げることができたのかと尋ねると,スマホを親に取り上げられて,仕方がなく勉強をしているうちに成績が上がってきたからだと説明してくれました。
さらに、成績のことで先生から褒められたとも教えてくれました。そのような話をしていると、さらに、受験勉強が終わったらアルバイトをしてお金を貯め、好きなアーティストのライブに行きたいという話になっていきました。
面接終了時
面接終了時間が近づいてきたので,夜の-4をせめて-3にした場合,どんなことが起きていると思うかと尋ねてみたところ、青年は少し考えて、「早く眠れるようになるだろう」と想像してくれました。
そして、早く眠るためには、筋トレや運動をして,疲れたら少しは早く眠れるだろうというアイデアを自ら出してくれました。
そこで,運動を取り入れた夜の時間を過ごしてみるという目標をたてて面接は終わりました。それがうまくいったかどうかを共有するために,次回の面接を予約して帰っていきました。
それから3回ほど面接を繰り返しましたが、夜は-1くらいで、日中は0に戻ってきており、もう大丈夫だと思うということで面接は終結となりました。
彼の思考法であるスケーリングを採用して話を進めていったのが役に立ったのだと思っています。
もう一人のクライエント
ある青年のクライエントは、やはり抑うつ感がひどく、夜は特に落ち込んでしまうということで来談しました。
青年は「なんか胸につっかえる重たい感じがある」「もやもやしたものが立ち込めてくる」「うまく言えないけど、どよーんという粘着性のものがへばりつく」などという表現を使っていました。
自我違和感
症状が自分ではない何者かとして、違和感のあるものとして受け止められているようです。症状が自我違和的であることは良い兆候です。この違和感をどうにかしたいという動機づけが高いからです。
外在化
この青年はどうにかして、その異物をイメージ化して表現しようとしていました。イメージを使って外在化をしているのでしょう。
ですから、その「モヤモヤ」「どよーんとした粘着性のもの」をもう少し詳しく表現してもらいました。
その色は?かたちは?重さは?自分の周りのどのくらいの範囲を覆うのかなどです。そのような話をしているうちに、それは「スライムのようなもの」ということが分かっていきました。ですから「スライム」と名づけて話すようにしました。
スライムの生態と被害状況調査
このスライムの生態を調べることにしました。夜に活発化するので夜行性です。結構、大きなスライムらしいです。
スライムの好物はネットニュースです。SNSも大好物で、そういう餌を食べるとますます肥大化していくそうです。どんどん、気分が落ち込んでいくのですね。
そうなると、疲れているのに目が冴えてしまうそうです。無理やり床についてもなかなか眠れず、ウトウトする時間が長くなります。そして朝。スライムは多少小さくなっています。
そして仕方がなく仕事をしているうちに、日中は忙しいのでスライムはどこかに行ってしまいます。そして夕方近くになるとその気配を漂わせてきます。一人暮らしの家に入ったころからスライムはへばりついてきます。
スライム対処の基本方針
ふつう、クライエントさんは、自我違和的な症状を消したいと思っています。しかし、完全に撲滅したいと思っているかと言えば、そうではないことも結構あります。
完全撲滅には時間もエネルギーもかかるでしょうし、この症状がすぐになくなるとは思えないからです。
それよりも、少しその勢力が弱まればいいとか、うまくかわせればそれでいいということもよくあります。
その他にも、その症状に立ち向かう勇気がほしい、逃げたい、かわしたい、追い払いたい、一蹴したい、無視したい、手なずけたい、かわいがりたいということもあるでしょう。
この青年は、スライムをかわすくらいがちょうどいい、できれば出くわしたくないということでした。
その例外は
実は、スライムと出くわさない日もあるそうです。例えば、実家から電話があって親と話をした時とか、帰宅時間が遅くなってしまったときだったりします。そのようなことから、帰宅後、家で一人で暇をしていることが良くない、という話になっていきました。
青年は前々からそのことを知っていましたが、知っていただけで何もしていませんでした。そこで、このことを本格的に考えようということになりました。
気になる資格
青年は気になる資格があるという話を始めました。実はすでにその資格の資料も取り寄せているそうです。このことから、しばらくは、夜に帰宅した後、近所のカフェに行って、その資料を読んで資格について考える時間を作ることにしました。
このようにして、夜行性スライムと出くわす時間を減らす作戦となりました。
その後
結局、カフェには2回ほど行っただけで、あとは行かなくなったそうです。それよりも、この青年は、なぜか資格とは関係のない夕食づくりに力を入れ始めました。近所のスーパーに行って買い物をしたり、これまで行かなかった調味料の棚をのぞいたり、道具をそろえたり、料理の動画を見たりし始めました。
そうしているとスライムがやってくる時間はぐっと減ったそうです。今でも、ときどきはやってくるそうですが、それはそれで仕方がないと思っているそうです。うまくかわせる程度にスライムは小さくなったようでした。
使えるものから
この二つのケースはたまたまうまくいったものです。いずれも、始動している自己治療の動きを察知して、それに合わせてセラピーが進んでいき、結果、本人たちが自分で新しい方略を導き出していったものです。
クライエントは、カウンセリングに来る前から、自分の問題を何とかしようと思って、いろいろと試しているものです。その中には、本人がそうとは気づかずに使っている治療技術もあるでしょう。
そのような流れを引き継ぐ形で、セラピーを組み立てられると、クライエントに無理のない、そして有益なセラピーを展開できるのではないかと思っています。
それはリスクもコストも少なく、クライエントをエンパワーできるという意味で効果は高くなるのではないでしょうか。とくにセラピーの最初の方の回では、そのようなところから入っていきたいものだと思っています。
それがうまくいかないのであれば、また別のことを考えていくという順番が良いのではないか、と思います。

