リストカットする女子生徒
一時期よりは減りましたが、未だにリストカットをする子どもは後を絶ちません。こういうケースは、スクールカウンセラーが対応することも多いものです。
ある日の朝。スクールカウンセラーが出勤したら、机の上にメモがありました。リストカットをしている女子生徒(中2)と面接をしてほしいということです。
メモを書いた先生は、すでに教室で授業をしていますので、事情を聴くことができませんでした。
メモの内容
メモによると、この女子生徒は友だち関係で悩んでいて、お母さんに相談していたようでした。お母さんは娘の相談に乗っているとき、娘の手首に一本の傷跡を見つけたそうです。
それでお母さんは心配になって、担任の先生に連絡をしました。娘にスクールカウンセラーと話すように伝えてあるから、その段取りをお願いします、ということだったそうです。
「そういうことだから、3時間目に話を聞いてあげてほしい。お母さんはリストカットのことを気にしているようです」とメモにありました。
メモへの対応
このメモを読んで、「はて、どうするか」と考えてしまいました。リストカットを保護者や先生が知っていて、それを生徒本人とも共有しているのであれば、スクールカウンセラーはリストカットの話題を出しやすいでしょう。
本人もそのことを聞かれる覚悟のようなものはあるはずです。ですから、私はカウンセリングの早い段階でリストカットを話題にして共有します。
しかし、今回の情報では、そのあたりのことが分からないので慎重になりました。
曖昧なニーズ
スクールカウンセラーには何が求められていたのでしょうか。リストカットの話を聞いてあげてほしいというリクエストがあったと思います。
お母さんとしてはこれが一番知りたかったことでしょう。しかし、これには慎重になる必要があります。
なぜならば、本人がリストカットのことを誰と共有しているのかが分からなかったからです。
秘密を暴く危険性
母親は娘とリストカットのことを共有しているのか。担任とはどうなのか。そういうことが分からないまま、安易にスクールカウンセラーがリストカットについて尋ねることはしない方がよいでしょう。
本人は隠していて、誰も知らないはずのリストカットを、スクールカウンセラーが知っているとなると、本人の動揺はかなり大きくなると思ます。
スクールカウンセラーが知っているとなると、当然、担任の先生や親も知っているはずですから、彼女はかなり恥ずかしく感じることでしょう。見透かされて守りのないような不安も高めてしまうと思います。
秘密の情報
職員室には学年主任がいました。そこで、誰が彼女のリストカットのことを知っているのかということを尋ねると、学年主任もはっきりとしたことは分かっていませんでした。
やはり、リストカットは誰も触れていない”秘密”になったまま、情報が伝わってきている可能性があります。
本人のニーズを中心に
この生徒が来談した時には、友人関係は好転しつつありました。最悪の状況を脱したタイミングです。ですから、カウンセリングでの話題は、今後、どのように友だちに接していけばよいだろうか、という前向きな話になっていきました。
そういう流れでしたので、リストカットの話題には触れずにカウンセリングの時間は終わりました。秘密は秘密のままになっています。
スクールカウンセラーは、リストカットのことを誰がどこまで知っているのかが分からなかったので、その話題はあえて出さなかったということを担任に伝えました。
テーマの現れ方
サイコセラピーでは、「今ここで」起こっていることが、クライエントの心のテーマを現実化していることがよくあります。
今回の場合は、大人が共有したのはリストカットという秘密だったのですが、もう一つ「秘密」への「触れられなさ」もあるようでした。この「触れられなさ」が彼女の心の重要なテーマとなって結実しているような気がしました。
リストカットの背後には、「秘密への触れられなさ」あるいは「触れられない秘密」があるのかもしれません。スクールカウンセラーがこの生徒とのセラピーのなかで生きたのは、そんな現実でした。
クライエントは、自らの心のテーマを言葉で語ってくれますが、セラピーの展開全体を通して、無意識にテーマを伝えてくれていることもあります。
今回の場合は、「秘密への触れられなさ」、「触れられない秘密」がそれです。このようなことを心に留めながら、スクールカウンセラーは次の展開に備えています。

