いじめ問題調査委員会
立場上「いじめ問題調査委員会」の委員を担当することがあります。この委員会は学校でいじめ問題が発生した場合、第三者としてそのいじめに関して調査をします。
委員の構成メンバーとしては、私のような心理師のほか、弁護士や精神科医、校長経験者などが務めます。
私が所属していたある市町村のいじめ問題調査委員会では、いじめ問題が発生していない時でも開かれることがありました。
その場合は、上記の委員のほか、障害者福祉関係の人や民生委員、保育関係の人たちなど、様々な職種の人たちも参加していました。総勢20名くらいだったでしょうか。
ある委員会にて
そんな委員会の中で、ある参加者の人が「素朴な疑問がある」といって、質問をしました。心理の先生に質問ということでしたので、答えるのは私です。
その質問内容は「いじめの被害者は、カウンセリングを受けることで心の傷は治るのですか?」というものでした。
素朴な疑問ですが、なかなか本質を突いた質問だと思います。参加者の皆さんは、私がどう答えるかと興味津々の様子でした。
私の回答
「治るってどういうイメージですか?」と逆に質問したところ、「いじめで受けた心の傷が治る=いじめをすっかり忘れて以前のように元に戻る」ということが想定されているようでした。
私は腕を組んで「うーん」とうなってしましました。もちろん、「すっかり忘れて元に戻る」などということはありませんので。
そういえばフロイトが・・・
この質問には次のように答えました。「カウンセリングを受けて、心の傷がすっかり治って元に戻るということはありません。すっかり忘れるということもありません。ある有名な精神科医は、カウンセリングでできることは、大いなる不幸をありきたりの不幸にすることくらいである、ということを言っています」と。
これは精神分析学の創始者ジークムント・フロイトの言葉です。正確にどう言ったのかは忘れてしまいましたが、フロイトはそのようなことを言いました。
いじめ問題として考えると
いじめ問題というのは、当事者にとって「大いなる不幸」です。それによって学校にいけなくなったり、人間不信になってしまうこともありますから、あってはならないことです。
ところが、多くの人はいじめられた被害経験があるものです。でも、その心の傷を抱えながらも、普通に生活しているものです。
そう考えると、いじめの被害経験は「ありきたりの不幸」とも言えます。
そして、カウンセリングでは、この「大いなる不幸」を「ありきたりの不幸」にすることくらいはできるかもしれないのです。必ずできるとは言えませんが、最終的なゴールはそこになります。
まとめ
カウンセリングの効果は、心を傷つけた出来事を「忘れる」ことでも、「すっかり元に戻る」ことでもありません。そうではなく、その傷ついた心を、その被害経験の苦しみを、自分一人で心の中に抱えながらも、とりあえず普通の生活ができるようになることです。カウンセリングのゴールはそこになると思います。
このような説明に参加者の方はみな大きくうなずいてくれました。

