いじめの訴え
「わが子のいじめ被害」という主訴に対応することがあります。わが子が信頼していた友達から裏切られた、陰口を言われた、SNSにあらぬことを書かれた、といったことです。
学校の初動が悪かったりすると話がこじれるように思います。初動の悪さとは、調査をしない、いじめの訴えがあったことを共有しない、調査を公表しないといったことです。いじめの訴えがあった時マニュアル通りに動かないことが問題を引き起こすようです。
マニュアル通りに動いてもうまく対応できないかもしれませんが、その時はマニュアルを見直せばいいので、まずはマニュアル通りに動くという基本を徹底したいものです。
転校させてください
学校の初動が悪く、それ以降も組織的な対応ができていない場合、いじめ被害を訴える側はもはやこの学校では対応できないと判断して転校を申し出ることもあります。
転校して心機一転、新しい仲間とともに新しい生活を始めることによって、元の生活、元の心の状態に戻りたい(戻ってほしい)という願いがあるようです。その気持ちはよくわかります。
その訴えをどのように判断するかということは個々のケースによって変わってくるでしょう。最近では、単学級が増えていて、同じ学年の子どもが一桁台という場合がありますので、友だち関係を変えることが物理的にむずかしくなってきているケースにもしばしば出会います。
そのような場合、たしかに転校ということは一つのきっかけになるかもしれません。昔はクラス替えによって人間関係に変化を促すということが常套手段として使われていましたが、そのような効果を転校に期待するわけです。
転校によって好転するとは限らない
しかし、転校したからといって必ずしも事態が好転するとは限りません。やはりいじめ被害が起きるかもしれませんしその時はもっと事態が悪くなるかもしれません。
転校を訴える場合、親も子もそういったマイナス面を想定できなくなっていることがあります。
心が追い込まれると、物事を判断する視野が狭くなり、考え方も極端になりがちです。不安状態はストレスを高めそのストレスに持ちこたえられず衝動的に判断してしまうこともあります。そうすると、「一か八か転校してみるか!」という発想が優勢になってしまいます。
一か八かになっていないか
転校を訴える人に対応する場合、「一か八か」という心理状態になっていないかを判断する必要があります。
「一か八か」の心理状態とは「転校によってきっと解決する=悪いこともあり得るという可能性を否認する」というものです。この「否認」という防衛機制は、自分にとって都合の悪い現実を忘れ去っている状態ですので、未熟で社会的に役立つことはあまりありません。
なので、「否認」が優勢の場合、心は冷静ではないと判断した方が無難、つまり判断を急がない方が無難ということにもなると思います。そのあたりを見極める必要があるでしょう。
「転校したからといって事態が好転するとは限らない」という発想は、何も専門的なことではなく極めて常識的なものだと思います。しかし、こういうところを一つ一つ、クライエントと確認していくことは心理職の仕事になるでしょう。
そうしているうちに、クライエントの健康な心の部分が回復して、冷静に判断できることもしばしばあります。