ケアとセラピーの間で

こころの成長

成長は右肩上がり

スクールカウンセラーをしています。ですから、人が成長するということはどういうことなのかをときどき考えます。

成長というと、これができたら次はこれ、さらに次はこれといった具合に右肩上がりに増えていく印象があります。知識はどんどん増え、できることも増えていく。そんな右肩上がりです。

典型例は身長や体重でしょう。学年が上がるにつれて右肩上がりにどんどん増えていきます。

心の成長

心の成長も同じです。昨日我慢できなかったことでも、しばらくすると我慢できるようになっています。

自分のことで精一杯だった子も、いつの間にか相手を気遣い配慮できるようになっていたりします。

視野が広がり、共感能力も高まり、我慢する力もつくわけです。右肩上がりです。

もう少し複雑に

”成長”ということを考えるうえで、”右肩上がりの成長”を考えることは自然なことでしょう。

しかし、スクールカウンセリングの世界では、成長=右肩上がりだけでは考えません。

このあたりが親や先生たちとは少し違う見方をしていると言えるかもしれません。

マイナスという成長の姿

スクールカウンセラーは、傷ついていたり困っている児童生徒と話すことが多いものです。しかし、時にその姿は心の病という姿ではなくて、成長するための一つのプロセスのように見えることがあります。

引きこもりの生徒

※事例は複数のものを組み合わせた内容です。

ある中学生がいました。この子は学校に全く行けていません。小学校の高学年のころから家の中で過ごしていましたので、学校には4年以上通っていませんでした。友だちや近所の人と話すこともありませんでした。

どうやら継父からの暴言や暴力があり、それがきっかけで学校に行けなくなってしまったようでした。

「お前は使えないやつだ」、「なにもできない」、「家から出ていけ」、「誰が食わせていると思っているのだ」ということを毎日のように言われていたようです。それだけでエネルギーが吸い取られ、学校に行く元気などなくなってしまったのでしょう。

そんな状況を心配して、ソーシャルワーカーや学校の先生が時々家庭訪問をしてこの子と話していました。お母さんもこの継父とは離婚することにしました。

その甲斐あってか、次第にこの子は外の世界に興味を示し始めました。そこで、地域のフリースクールを体験してみることになりました。

フリースクール

そのフリースクールには2段階の過ごし方がありました。最初の段階は相談員との面接のみ。他の子どもと会うことはしません。

この段階を継続して安定的にできるようになって、さらに本人が望めば、次は他の子どもたちと過ごします。一緒に卓球をしたりゲームをしたりします。勉強をしたければ勉強もできます。

この子は最初の段階をスムースに終えて、いよいよ他の子どもたちと一緒に過ごそうかということを考え始めていました。

楽しく過ごしたけど・・・

そしてある日、一緒に卓球をしたりゲームをして遊びました。2時間程度だったそうです。本人はとても楽しかったらしく、「また来たい」といって笑顔で帰っていきました。

本人のペースに合わせてゆっくり慎重に対応してきました。スタッフのかかわりもとても良かったのだと思います。

事件が

しかし、その日の夜。この子は手首を傷つけてしまいました。いわゆるリストカットです。これまでこのようなことはありませんでした。

久しぶりにとても楽しく過ごした後だったので、お母さんはなぜなのか理由が分かりませんでした。お母さんは心配していましたが心当たりがないということです。

このころは継父とは離婚していましたので、継父の影響ということではなさそうです。

この子が言うには「フリースクールはすごくよかった」らしく、そうではなくて「自分のことが許せなくなってしまったから」ということだそうです。

コンサルテーション

こういう経過があってフリースクールから相談を受けました。「まだフリースクールに通わせるのは早かったのでしょうか?」という相談内容です。

確かにその考えは一理あります。無理をさせすぎた結果と考えることができます。もしかすると負担があったのかもしれません。

進み方が急だったのでしょうか。でも、このようなことが起きないように、慎重に本人のペースを守って対応してきたのですが。

妄想が膨らんだ?

進み方が急だったという考え方はできると思います。一方でなるべくしてなったとも考えられます。

彼女はフリースクールで同級生たちと楽しい時を過ごして、他の人の様子や他の人から言われたこと、フリースクールでの出来事などを何度も頭の中で反芻したことでしょう。

そして、こうすればよかった、あのように言えばよかったなどといろいろと反省したかもしれません。

自分のことを振り返って考えていると、反省モードになって、自分のできなかったことや至らなかったことに気づくことがしばしばあります。

そういう妄想が膨らむのですね。もしかしたら、この子もそのような状態に陥ったのかもしれません。

新しい自分探し

このような”反省モードによる妄想”は、思春期・青年期では特に活発になります。その日の出来事をいろいろな角度から反省モードで考えるわけです。

このような経験を通して、自分のことをより深く理解したり、自分の在り方のようなものを深く考えたりするようになるわけです。また、他者からの配慮に気づいたり、他者に配慮できるようになったりもしていきます。

こうして社会の中での自分のあり方や自分らしさというものを少しづつ把握することができるようになっていくのです。

”反省モードによる妄想”を別の言い方にすると、”新しい自分探し”といえるでしょう。

その背後にある力動

新しい自分探しなどというとポジティブなイメージがあるかもしれません。どんどんと自分らしさを理解して、他者に配慮できるようになり、より自分らしくなるといった右肩上がりのイメージです。

しかし、その背後には違った力が働いています。それは、これまでの自分を崩す、これまでの自分を捨て去る、究極的に言えば、これまでの自分を殺すというエネルギーです。”自分こわし”です。

新しくなるということは同時に、古いものが切り崩されて捨て去られていくことにもつながりますから、新しい自分になるということは、これまでの自分を壊す(殺す)ということに繋がります。そんな力も同時に働いていると考えることができます。

悪いことばかりではない?

4年間もほぼ引きこもって生活していた子がこのような危機に直面できたのは、心の成長が止まっていたわけではなかったと考えることもできます。

4年間引きこもって誰ともかかわらなかったのに、思春期的な心が動いているということですから。そう考えると悪いことばかりではなさそうです。

成長の芽

この子は手首を切った理由として「自分を許せなかった」と述べました。このことから考えると、もしかすると、”反省モードでの妄想”が強く起こったのかもしれません。例えば次のような感じです。

「フリースクールの中で変なことを言ってしまったかもしれない(情けない)」

「あんなに配慮してもらったのに自分はそれを受けるしかできなかった(配慮してくださった皆さんに申し訳ない)」

「質問に答えられなかった。みんなすごいのに自分はダメだ(こんな自分はみじめだ)」

「もっと自分のことを表現できればよかったのに(勇気がないのでそれができなかった)」

こういうネガティブなことで頭がいっぱいになったのかもしれません。

昔、継父から言われてきたことがまざまざと思い起こされる、ということがあったのかもしれません。

そしてこの妄想の背後には「よりよい自分になりたい」、「自分らしさを表現したい」、「かつての無力な自分を乗り越えたい」といったポジティブに向かうエネルギーも潜在しているようにも思います。

ですから、今、この子は、これまでの自分を壊して新しい自分になろうとしていると構えて対応するのも一つだと思います。

なるべくしてなったと言った理由は、人の中に入って楽しい経験をしたことによって、”反省モードによる妄想”が発動しやすくなったと考えたからです。これまでは人の中にいませんでしたから、このような機会がなかったのでしょう。

「ケア」と「セラピー」の調合

それではどうすればいいのでしょうか。

この辺りが「ケア」と「セラピー」の調合が求められるところです。

フリースクールはまだやめておいた方が良い、よくわからないけれども、彼女の心の傷にはふたをして触れない方が良い。そういってしばらく様子を見るという手もあるでしょう。

しかしもう少し踏み込んで考えることもできます。この危機を乗り越える方向を考えてみようという構えです。

あくまでも、本人の様子を観察しながらですけど。

保護者への支援

そこで、コンサルテーションでは次のような提案をしてみました。

保護者には子どもの心の状態を伝えたいところです。「あくまでも仮説」としながらも、次のようなことを助言できるかもしれません。

お子さんは、自分の至らなさに直面してしまっている可能性があること。しかし、その背後には、自分を高めよう、頑張りたいというエネルギーがあること。

このことは、ゆっくりでよいので、彼女自身が乗り越えていかなければならないことであるから、様子を見ながらフリースクールへの登校を誘ってみること。

そして、自分のことが許せなくなったら、そんな時には一人で抱え込まず、もちろん自分を傷つけるのでもなく、お母さんに話してほしいということを本人に積極的に伝えておく必要があること。

その際は、自分のことが嫌いになったり、自分が弱く感じたりすることがあるから、それは一人で抱え込まないで話してほしいということもしっかりと伝えること。

フリースクールの職員との面接を保護者も継続するのが良いのではないかと誘ってみること。

こういうことを伝えたいところです。保護者を孤立させてはなりません。

職員へのコンサルテーション

フリースクールの職員に対しては心の成長の話をしました。今回の話は「成長=死と再生」というモチーフです。

「成長=右肩上がり」という考えしかない場合、今回のことは「右肩下がり」のように見えますから、そこに成長の芽を見出すことは難しく、どうしてよいのか分からなくなってしまうでしょう。

「触らぬ神に祟りなし」という気持ちになって、できるだけ手を触れないでおこうという気持ちになってしまうことがあるかもしれません。

このように、症状や問題行動が出たときには、その背後にある再生、再構築の動きととらえ、成長の芽(萌し)を察知しようとすることもあってよいと思います。

ですからフリースクールへの復帰を目指して相談員との面接を継続する、というのが現実的な対応になるでしょうか。

ケアとセラピー

スクールカウンセラーはいつも「ケアとセラピーの間」で仕事をしています。ケアは病理の重い人、セラピーは病理というよりも発達課題との関係で苦しんでいる人という感じです。

ケアは傷や苦しみに触れず、安心・安全モードに軸足をおいて進みますが、セラピーはそれらに触れて治療したり乗り越えるモードで進みます。

スクールカウンセラーは病理が重い人というよりも発達課題に直面して苦しむ人との関わりも多いですから、セラピー的な視点から対応することが多いと思います。もちろんケアの視点も欠かせませんが。

その両者の配分を都度都度で判断しているように思います。

この両者をどのように調合するのかという見立てがスクールカウンセラーの腕の見せどころなのですが、そのことをどのように考えて実践するのかという実際については、あまり知られていないように思います。

これから研究が進んでもらいたい分野です。

 

 

 

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