カウンセラーを変えてください

カウンセリング

全否定される衝撃

「先生とのカウンセリングをやめるか、カウンセラーを変えてほしい」と言われたことがあります。若いころの出来事でこれは衝撃的でした。カウンセラーとしての自分がダメ出しをされて全否定されるわけですから、これは本当に頭を鈍器で「がーん」と殴られたような気持ちです。

その時は「ここですぐに判断するわけにはいかないから一週間考えさせてほしい」と返答するのが精一杯でした。

「自分の何が悪かったのだろうか」と落ち込みますし、「つらい中でもせっかくカウンセリングに通ってきてくれているのに申し訳ない」という罪悪感もありました。「役立たずな自分」をみじめに感じて自信喪失です。でも「クライエントのためを思えばカウンセラーを変えた方がよいだろうか」ととても悩みました。

スーパーバイザーから

それほど関係は悪くなかったと思っていたので正直、裏切られた気持ちもありました。このことをスーパーバイザーに相談すると「そういう時はしっかりと理由を聞いて、双方が納得いく形になるのがベストだと思う」と助言を受けました。

「カウンセラーを変えるか、変えないか」の二つに一つと考えていましたので、「その理由をしっかり訊く(聴く)」というのはまた衝撃でした。

真剣勝負?

当然、カウンセラーとしての未熟さや自分のダメなところを尋ねるわけですから、こちらも覚悟が必要です。ただそれはクライエントも同じでしょう。「自分はカウンセラーの何が嫌なのか」ということを面と向かって伝えなければならないのですから。

双方とも真剣にならざるを得ない場面です。勝負ではないのですが心構えはまさに真剣勝負です。

1週間後

1週間後。まずは言いにくかったであろう「カウンセラーを変えたい」ということを正直に伝えてくれたクライエントにお礼を言いました。クライエントも意を決して相当なエネルギーを使って想いを告げてくれたでしょうから。

こう考えられたのは1週間の猶予をもらったからだったと思います。

はっきりとは覚えていませんが、クライエントさんからは「私がどれだけ苦しんでいるのかを先生は本当に分かっているのか」、「先生は熱心に話を聴いてくれるけど、私がこの部屋から出ていくと私のことなどすっかり忘れてしまうのだろう」といったことを言われました。

え?日焼けが原因?

その理由は私の日焼けにあったようです。当時、子どもが小さく休日にはよくプールに連れて行っていました。夏の暑い盛りの時でしたから、プールに行くたびに日焼けをしていました。

そしてクライエントさんは、毎週毎週日焼けするカウンセラーを見て、「とても憎らしい」ので「カウンセリングを止めるかカウンセラーを変えてほしい」という気持ちになっていたようです。

「自分はカーテンを閉め切った暗い部屋の中で、何もやる気が起きずただ寝ているだけなのに、その間、カウンセラーは楽しく遊んでいるのだろう。そう考えると裏切られた気持ちで、みじめで、気分が落ち込む。」そう言っていました。

でも一方では「先生にも生活があるのだから自分の言っていることの方がおかしい」ということも十分に分かっているようでした。

自己開示

普通カウンセラーは自己開示をしません。いくつか理由はありますが、カウンセラーが自己開示してクライエントがそれに興味を持って傾聴するなどといった逆転現象を防ぐためです。カウンセリングの時間はクライエントのための時間ですからね。

しかし、この時は自己開示をしました。自分には小さな子どもがいてこの子がプールが大好きなこと、パートナーは働いていて日中は忙しく自分が面倒を見なければならないことなどです。

だからといってクライエントのことをすっかり忘れることなどないし心にはずっととどまっている。そして自分としては今後もカウンセリングを続けていきたいと思っているということを伝えました。

信頼関係を基礎として

一般にカウンセリング関係が続いているならば、クライエントはカウンセラーに対する信頼を寄せているものです。その信頼を基盤にして言いにくいことを言っているものです。ただ、この時はその関係性がこじれて複雑化しそうな局面でもありました。

実はこういう時はカウンセリングの山場です。そこで起こっていることはクライエントさんの抱える問題の核心部分が表現されていることが少なくありません。たとえば、「人を信頼するとまた裏切られるのではないかとおびえてしまって、つい関係を切ろうとしてしまう」といったことです。

こういうことを言葉にして、それをカウンセラーとクライエントとで共有し、クライエントはそういう自分がいることを自覚し、それをそのまま心の中に抱えながら歩む決意をするのか、そうではない自分を探究するのか。こういうことを考えていくのがカウンセリングの歩みだったりします。

自己一致で

このような局面では、カウンセラー側も全身全霊を傾けて、自分を偽ることなく自己一致で応じるしかないでしょう。この自己一致というのはとても難しいことです。たしかに難しいのですが、自己一致した状態で発せられた言葉というものは、心がこもっているからでしょうか、相手の心に届きやすいものです。

このクライエントさんとはその後もカウンセリングが続き、最後は来談当初よりもずっと力強くなって終結を迎えました。

 

 

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