専門的実践家の過剰学習

学ぶということ

省察的実践家

ドナルド・ショーンという非常に有名な学者さんがいます。『省察的実践家(the reflective practitioner)』という著作のある人です。この人が専門的な実践家は過剰学習してしまうという話をしています。

専門的実践家とは医師、弁護士、建築家、会計士、教師などといった人たちであり、カウンセラーもそこに入ります。患者やクライエントといった人の要望に応じて、その専門的な知識を生かして仕事をしているような人たちです。

ショーンによると、このような人たちは過剰学習をすることによって、学べなくなってしまう危険性があるといいます。どういうことでしょうか。

ケースを抱える専門家

これら専門的実践家の人たちをショーンは「ある一定のタイプの状況に繰り返し出あうスペシャリスト」と呼んでいます。

たしかにその通りですね。たとえば内科医は、毎日、内科的疾患を持った患者さんたちを診察するわけです。それは内科的不具合という状況の中にいる患者さんに対して、診察室という状況の中で出会うスペシャリストというわけです。

そして、その状況の中ではしかのケース、インフルエンザのケースなどと出会います。来る日も来る日もそういう状況の中で似たような訴えをする患者さんたちと出会うわけです。

もちろん、患者さんはその身体も環境も一人として同じではなく、はしかというケースをとっても、患者によって症状の出方は違うし訴え方も違うでしょう。

熟達化のプロセス

つまり内科医とは、わずかな種類のケース(はしか)について、数多くのバリエーションを経験することになります。これによってさまざまなバリエーションを持つケースへの対応を繰り返し繰り返し練習するわけです。

この繰り返しが、やがて些細な兆候から病気を予期できるようになったり、テクニックのレパートリーを増やしていくことを可能にしてくれます。そうやって、実践は熟達化していくわけです。

実践が熟達化するということは、患者の様子や訴えを見て、そこから何を探せばいいのか、そして見つけたことに対してどのように反応したら最も効果を期待できるのか、ということを学んだということです。それを学べば学ぶほど実践は安定し効率的なものになるといえるでしょう。

自動化する実践

熟達化するということは、ある意味、実践が暗黙になり、無意識になり自動化していくことです。その実践は頭で考えてなされるというよりも、身体化されてスムーズになるということです。

身体化されているというのは、最初はぎこちなかった車の操縦やタイピングが次第に自動化して無意識化するように、滑らかで効率が良い安定的な実践になっていくということです。

ドキドキがなくなる

実践の熟達化は良いことのように思いますが負の側面もあります。一言でいうと驚きやドキドキがなくなるということです。新鮮さがなくなるのですね。すると患者さんや症状に真剣に向き合うことが少なくなり、また自分が今していることについて考える機会も失っていきかねません。

カウンセリングでもイニシャルケース(一番最初に対応するクライエントのケース)はとてもドキドキです。クライエントの一瞬一瞬の表情を見逃さず、その言葉のすべてに神経を研ぎ澄ますような経験になります。相談記録は、わずか50分のケースでも10枚くらいになることもあります。

しかし、カウンセリングルームで繰り返し繰り返しあっていくうちに、そしていろいろなクライエントさんに対応しているうちに、いちいち驚いたりドキドキしたりすることはなくなっていくでしょう。記録もそんなには必要なくなって効率化していきます。

注意の向け方が効果的になる

このことは、自分が培ってきた「行為の中の知」に合わない現象には、注意を向けなくなるということでもあります。極端な話をすると、患者さんがいろいろと症状や苦しみを訴えたとしても、答えを導く情報以外には注意を向けなくなるということです。効率が良くなるということはそういうことでしょう。こうして、症状だけを見る医師(あるいは専門職)が誕生するというわけです。

そして、ショーンはこのようになることを専門的実践家の過剰学習と呼んでいます。「患者その人全体」に関わるということがなくなるのです。ですから、熟達者にも(あるいは熟達者こそ)「行為の中の省察」が必要であると訴えました。

多職種連携の開発

以上のようなショーンの訴えは連携ということともつながっていると思ます。専門分化した専門家たちも「困っている患者さんその人全体」を支援したいという想いを見失っているわけではありません。そこで「多職種連携」という働き方が開発されてきました。

他の職種の人の力も借りて「患者(クライエント)さんその人全体」を支援する枠組みを作っていこうということです。スクールカウンセラーの領域でも多職種連携ということはよく言われます。

スクールカウンセラーは、勤務日が週に1日とか月に1日とかですから、多職種連携のパーツとして有効に機能するのはまだ難しい段階ですが、そのように働きたいと切に願っているスクールカウンセラーは多いと思います。

スクールカウンセラーが常勤で働く日が来るといいなと願っています。

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