変化はささやかな学びから
私は人間の情報処理に関する心理学に興味があります。つまり、どうやって人は学び、変化するのか、またそのプロセスをもっと容易にするにはどうすることが有効なのか、ということです。
そのための観点の一つ目は、環境の変化です。環境が変化すると、人はその変化に応じて自分を変えていかなければなりません。適応です。この場合、処理すべき情報も変わりますので、そこに新しい学びが生まれます。
もう一つの観点は言葉の変化です。カウンセリングは言葉のやり取りで進んでいきますので、クライエントがどのような言葉を使って、何を表現しようとするのかに注目します。
そして、言葉を使って視点を変え、物事を見る枠組みを変化させます。
継父が嫌いな女子高生
※以下は内容の本質が変わらないようにしつついくつかのケースをつなげたものです。
最近では、親の離婚と再婚によって、継母・継父と一緒に暮らしている子どもが少なくありません。そして幸せに暮らしている子どもがいる一方、なかなかうまくいかず苦労している子もいます。
ある女子高生は継父とウマが合わず、8年ほど一緒に暮らしてきたのですが、その間ずっとギクシャクした関係でした。そして「家に居づらい」、「家に居場所がない」という主訴でカウンセリングにやってきました。「血のつながりもないし」ということも時々口にしていました。
継父の言動
継父は声が大きく口調も荒っぽいところがありました。タバコを吸うのも、喘息持ちのこの子にとってはとても嫌なことでした。やめてほしいと伝えても継父は決してやめようとはしません。
継父の機嫌が悪いと「嫌ならお前が出ていけ」、「だれが学費を払っていると思っているのだ」と言うこともあります。
何を言っても伝わらず、かえって叱られるので怖くて何も言えません。彼女はもうあきらめていると話していました。母親は味方になってくれますが、継父は母親の言うこともほとんど聞く耳持たずの状態でした。
カウンセラーの対応
この女子高生の相談に応じたのは若い男子大学院生でした。彼は彼女の八方塞がりな気持ちに寄り添って、丁寧に話を聴いていました。
そして、彼女が家の中で居場所を得られ、継父との関係が良くなるためにはどうすればいいのかということを考えながらカウンセリングを続けていました。
自分の部屋がなかったこの子のために、カーテンで部屋を区切って自分の居場所を確保することを提案したり、それに向けた準備や親との交渉の仕方を一緒に考えたりしていました。
それがうまくいき、カーテンで仕切った自分の居場所を獲得できたときには、カウンセラーもこの子もとても喜んでいました。
変わらない継父との関係
しかし、継父との関係は一向に修復されませんでした。継父は相変わらずの言動ですし、この子の「家に居づらい」という状況も多少緩和されただけで、それほど変わりませんでした。
彼女は次第に元気をなくしていき、「カウンセリングを続けても仕方がない」などと口にしはじめていました。
カウンセラーは次第に何をどうすればよいのか分からなくなっていきました。カウンセラーも八方塞がりになっていったのです。
スーパービジョン
そういう時、カウンセラーは自分よりベテランのカウンセラーに相談します。これをスーパービジョンと言います。助言するベテランの方をスーパーバイザー、困っている側をスーパーバイジーと呼びます。
スーパーバイジーは、自分のカウンセリングの経過を聞いてもらい、それをスーパーバイザーから俯瞰して眺めてもらって、その方向性やかかわり方について助言をもらうわけです。
スーパーバイザーの助言
スーパーバイジーの話を聞いていたスーパーバイザーは、「目標を変えた方が良いのではないか」という提案をしました。
この男子大学院生(スーパーバイジー)は、女子高生の問題を「家庭での居場所のなさ」にあり、「継父との関係の悪さ」にあるととらえていました。ですから、暗黙の前提として、家庭の中に居場所を作ること、そして、継父との関係を良いものにしていくことが目標になっていました。
そして、「血のつながりがない」ことを気にしているクライエントが、もっとよい父娘関係を構築し、そのことを気にしなくて済むようになることが遠い目標だと考えていました。
その目標を変えた方が良いという提案です。
助言の意図
このスーパービジョンをしたとき、女子高生は間もなく18歳になるという年齢になっていました。その年齢にある人の問題を「家庭での居場所のなさ」や「継父との関係の悪さ」ととらえることにスーパーバイザーは違和感があったのです。
18歳といえば、もうすぐ巣立ちの時期です。実際に就職や進学によって一人暮らしをする人は少なくありません。ですから、もはや家庭での居場所づくりなどしなくてよいのです。
むしろ、どのようにしてこの家から巣立つのか、この継父からの影響を逃れて独り立ちしていくのかという方向に目標を持っいった方が、この子の発達段階にもフィットしていますし、おそらくこのクライエントの生きる力を活性化します。
その方向に向かって話を進めていく方が良いのではないかということになりました。八方塞がりだったスーパーバージ―はとても納得した様子でした。
将来の希望に向けて
スーパービジョンによって新しい視点を得たカウンセラーは、クライエントと話し合い目標を変えていきました。クライエントの方も巣立ちに向けて取り組む方が希望が持てると話したそうです。
ですから、どこに住みたいか、一か月どの程度の金額で生きていけるか、そのためには何をしていくら稼ぐか、といった具体的なことを話すことになりました。
いつもお金に苦労している大学院生にとっては、非常に現実的かつ具体的に考えられる領域でしたから、助言も非常に的確なものでした。
希望の活性化
こうして女子高生は、自分の人生をどのように生きていくのか、そのためには高校でどのように進路指導を活用すればいいのか、ということを具体的に考えていけるようになっていきました。
最終的には「あんなクソ親父と血のつながりなんかなくて本当によかった」などといって吹っ切れている様子でした。
「そんなこと言わずに、お金を出してもらうためにも親父さんとは関係をよくしておいた方が自分のためじゃない?」というカウンセラーからの助言を受けて、次第に関係が良くなっていきました。
ささやかな変化から
女子高生も大人になっていったわけですね。こうして、カウンセリングは山場を越えて、終結の方向に向かっていきました。
カウンセリングの最後の方は、将来への希望や努力への強い決意を語るようなものになっていき、明るい雰囲気になっていったそうです。
このケースは、目標を「巣立ち」に変えるというだけで大きく展開しました。そこには発達段階を考慮し、将来に向けて動くという青年のエネルギーをうまく活性化できたことが大きかったと思います。