SCの肌感覚
スクールカウンセラーは、多くて1週間に1度の勤務ですから、学校の全貌はほとんど分かりません。先生のこと、生徒のこと、それぞれの関係性、次の行事、今の重要なトピック。そういうことに身構えることができないまま、その場その場で生身の素肌をさらしている。そんな肌感覚です。
この肌感覚はSCに高いアンテナを張らせることになります。やわらかい素肌をさらしている感覚ですから、危険を察知するためにアンテナを高く張り巡らしておかないと、簡単に傷ついてしまいます。
この肌感覚を生きているため、先生や生徒にとってはちょっとした出来事に思えることでも、SCにはそれが大きい刺激として入力されたり、無視しえない重大なことを暗示しているように感じられたりすることがあります。
「神は細部に宿る」とか「真実は細部に宿る」と言いますが、おそらくスクールカウンセラーは、この格言の言うとおり、細部から心の真実に迫るチャンネルが働いているのだと思います。
世界の徴候化
学校の中で高いアンテナをもって敏感に反応するSC。普段はそのようなことはないのですが、SCをしているときにはそのような状態に変化します。
世界の体験の仕方が変わって、世界の徴候(sign)を敏感に察知しようと感度が高くなっているわけですが、このような変化を中井久夫先生は「世界の徴候化」と言っています。
そして、世界が徴候化する例として二種類あることを示しています。「不安がベースにある世界の徴候化」と「狩人による世界の徴候化」の二種類です。
不安ベースの徴候化
不安がベースにある世界の徴候化、これを「不安ベースの徴候化」と呼ぶことにしましょう。この例として、中井先生は山で道に迷った時の登山者の心理を挙げて説明しています。引用してみましょう。
「『道に迷った!』と直観した刹那に、人はもはや眼前の美しい森やこごしい断崖に目を注がない。ささやかな踏みわけ跡らしきものを、けものみちであるか、先人のとおった道であるかを見分けるために、ごく些細な徴候を捜して、明確な対象は二の次三の次になるだろう」(p.27)(中井久夫,2004 徴候 記憶 外傷 みすず書房)
これはよくわかります。この登山者の心理は、学校不適応を直に生きているSCの学校での居方と同じような気がします。学校の中でSCはいつも迷子状態です。だからでしょうか、些細な徴候(sign)が入力されやすい状態です。これまでもそういう例を挙げてきました。
狩人の徴候化
「不安ベースの徴候化」に対して、狩人による世界の徴候化を「狩人の徴候化」と呼ぶことにしましょう。こちらは、道に迷った登山者のように不安がベースにあるわけではありません。
むしろ狩りをする狩人が体験する世界に近いものです。「些細な足跡や草の倒れた形から獣が通った跡を推理する狩人」(p.27)は独特の知をもっています。「徴候的知」(p.27)というものです。
なるほど。獲物を捜す狩人は「些細な徴候から意味を読み込んでいく」という構えになるのでしょう。次のような感じでしょうか。
前に獲物を逃した場所の近く。もうそろそろアイツに出会ってもいいはず。地面の枯草が不自然にくぼんでいるような気がする。ちょっと気になる。何かに踏まれた跡のようだ。すぐ近くに何かが通ったように折れた草。残された糞の色や乾きぐあい。カサカサと草が動く。風上からのかすかなにおい。そこに獲物がいるという予感。じっとしている獲物の緊張感。そういうものを感じようとします。狩人の世界はそのように徴候化するのです。
徴候から推理してその意味を発見する知。「狩人による徴候的知」というのはそのようなもののようです。私は学校の先生がこのような知を発揮した現場に居合わせたことがあります。。
「不安ベースの徴候化」から「狩人の徴候化」へ
SCは学校の中で迷子状態です。それは「不安ベースの徴候化」した世界を生きることになります。これは学校に行けない・行きたくないという、学校を病んでいる子どもたちと似たような、不安で怯えを伴った世界に生きることになると思います。
SCの専門的不適応状態です。そういう磁力をSCは身にまといますし、それは、不適応的な心理状態の人を引き寄せる力を持ちます。
ところが、SCはその「不安ベースの徴候化」の下だけで仕事をしているわけではありません。学校で仕事を始めるとまたモードが変わってきます。それはおそらく「狩人の徴候化」、「徴候的知のモード」だと思います。
かすかな変化やささいな新規さ、ちょっとした違和感を察知して、その意味を考察しようとするのです。それは意識の周縁に漂うものなのですが、1週間に1回なり、1か月に1回なりでしか勤務できないSCは、以前とはちがったその小さな変化、小さな漂流物を察知しやすいと思います。
これまでと何かがちょっと違うなと感じられるのです。相談室のドアを開ける勢い、入室する足取り、椅子にドスンと座る様子、表情、目つき、髪型、持ち物など、いろいろな徴候を見つけようとします。
そして、そのサイン(徴候)の意味するところを心に留めてカウンセリングをしています。
まとめ
SCが得るデータの情報源は、心理検査や学力検査の結果あるいは先生や保護者からの情報、本人の語りと様々なものがあります。しかし、「SCの意識の周縁で漂っている徴候」も意外と重要です。
意識の周縁にあるものですから、一瞬「あれ?」と思いつつもそのままサラッと流されてしまったり、スッと忘れ去られてしまうようなsomethingsです。
それを使いこなすというのは難しいのですが、徴候というのは、常に意識しておきたいことです。
