選択されなかった能力のゆくえ

こころの成長

人生は選択の連続

人生は選択の連続です。

朝、目が覚める。朝食には何を食べようか、今日は何をしようか。そんな小さな選択から、どの学校を選ぶのか、誰と友だちになるのか、どこに住むのか、どの仕事を選ぶのか、誰と結婚するのかといった大きな選択まであります。

右肩上がり

そして、その選択がスタート地点です。例えば、ここと決めた学校が芸術系の専門学校としましょう。すると芸術にまつわる様々なことを学ぶことになります。

必然的に周りの友だちも先生も芸術に注力している人ばかり。見るもの聞くものすべてが芸術関係になっていき、投入する心のエネルギーは芸術関係に注がれます。生活は芸術系で埋め尽くされ、意識は芸術系の内容ばかりになるはずです。

そうやって選択したものに意識の光を当てて、能力もお金も時間も注ぐので、芸術の能力やスキルはどんどんと右肩上がりに開発されていくでしょう。ある一定程度のところまでは伸びていくはずです。

選択の陰で

人生は選択の連続。選択というのは一つを選択するわけです。裏を返せば、当然、その他のものは選択しないということになります。その他の選択肢はすべて捨て去られてしまって、光を当てられず陰におかれることになります。

芸術系を選んだけれども、工学系、教育系、理学系、医学系、経営系などいろいろな選択肢があったはずです。もしかすると芸術系ではなくて、その他の選択肢を選んだ方が、その人の持つ才能はずっと開発され、能力は発揮されたのかもしれないのです。

選んだ選択肢よりも、選ばなかった選択肢の中にこそ、その人が本当に得意とすること、他人よりも苦労せずスッと理解できること、いわゆる才能や可能性があったかもしれません。

ですから、選んだ選択肢が正しかったとは言えないのです。

選ばれなかった能力のゆくえ

それでは、選ばれなかった能力や才能はどうなったのでしょうか。こちらの方が膨大にあるわけなのですが、それらは陰に置かれたままで、なにも開発されずに埋もれていってしまうのでしょうか。

そうとは限りません。陰に置かれたままの能力や可能性たちも成長し続けると考える人たちがいます。ユング派の人たちです。

芸術系を選んで、その才能を発揮しようと努力する陰で、選ばれなかった能力や才能たちも地下で成長しているのです。

両行モデル

人生とは意識的に努力して成長する部分と、無意識に勝手に成長する部分の両方があり、それらは同時進行で進んでいくということです。これを「両行モデル」と名付けている人もいます。京都大学の先生だった発達心理学者のやまだようこ先生です。

両行モデルでは、選択されず陰に置かれた能力や才能たちは、地下でグングン育って、やがて表に現れ出ようとすることがあると考えます。

とくにその人にとって最も豊かな才能は、地下に置かれたままでは気が済まず、表に現れ出ようとする傾向が強いと思います。

ただし、このことがその人にとって良いことかどうかは別です。

選択を疑いはじめる

選んだ芸術系で努力して、それなりに認められて生活を築いてきました。ところが、地下から陰に置かれた才能が成長して、どんどんと表に現れ出てこようとしています。この時、意識はこのエネルギーをどのように感じるのでしょうか。

「新しい才能が生まれてきた!」とその能力をすんなりと受け入れられるとは限らないのです。

意識では「自分が選んだ芸術系は本当に正しかったのか」、「自分の人生は本当にこれで良かったのだろうか」と感じられて、しだいに調子がくるっていくことがあります。

新しいものが出てくるということは、これまで自分をつくり、自分を支えてきたものが崩れるということでもあるのです。

そうなると、これまでの自分の選択を疑い始めることが多くなります。選択した芸術の道に対する疑念が生じてくるのです。同時に、自分の芸術に関する能力の限界を感じたり、芸術に意味を見出せなくなったりして、以前のような関心を芸術に注げなくなっていくのです。

これはけっこう苦しいことです。

危機ということ

つまり心の危機がおとずれることもある、ということです。とくにこの危機がおとずれやすいのが青年期(およそ10代後半から20代)と中年期(およそ40代後半から50代)です。

「青年の危機」、「中年の危機」などという専門用語も作られています。この時はうつ状態のようにやる気がなくなることもこともしばしばあります。極端なことを言えば、自分の存在を消し去ってしまいたくなることもあるのです。

危機(crisis)という言葉は、危険で良くないことのように思われるかもしれませんが、分岐点、分かれ道という意味があります。

いまの自分を消し去って、新しい自分に生まれ変わろうとしている分岐点という意味です。この苦境は並大抵のことではないと思います。

カウンセリングをしていると、この状態の人によく出会います。たしかに心の病の状態であるけれども、落ち着いてそれとじっくり取り組んでいると、次第にその人らしさのようなものが発揮されていくのです。

陰に置かれた才能が緩やかに発揮されるような生活になっていくという感じです。そして、これまでとはちがった新たな自分として、人生を再スタートするのです。

まとめ

このような危機は成長とセットになって人生におとずれているのだと思います。そして多くの人はカウンセラーの手を借りずとも、上手に再選択を繰り返しながら、自分にフィットする人生を歩んでいるのだと思います。

今の自分や今の場所に執着せず、あたらしい自分になることを恐れないで、変化を楽しむくらいのゆとりがあると、地下に眠った才能たちとうまく付き合っていけるのかもしれません。

カウンセリングは、このような課題に取り組むために、ゆっくりと時間をかけて進んでいきます。だから時間がかかる場合もあります。それはその人にとって必要な時間なのだと思います。

そして、カウンセラーはクライエントさんとともに、陰に置かれた才能が開花するのをじっと待っているようなところがあります。

カウンセリングは待つことが大切」と言われるとき、何を待っているのかというと、この可能性が開花するのを待っているのだと思います。

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